強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百二十四話「デッドライン」

「シャルロットはミリーと一緒に宿の部屋で待機していろ。まず隠密行動を得意とする俺が商人の腕に噛み傷が残っているかを確認してくる」

 

 シャルロットが同行すれば、ごろつきに絡まれる可能性があるし、もし商人が元バニーさんの「おじさま」なら、元バニーさんの姿を見てこちらを警戒する可能性もある。

 

(加えて二人が一緒だと呪文が使えないって言うのもあるんだけどね)

 

 確認作業なら姿を消す呪文を使用出来るんぶん一人の方が簡単で安全なのだ。

 

「ご主人様……あ、あの」

 

「心配するな、簡単な偵察だ大して時間はかからん」 

 

 と言うか、リミットを決められてしまった以上、時間を無駄に出来ない。

 

「では、後を頼むぞ」

 

「は、はい」

 

「あ、はい」

 

 距離と時間の問題で腕の確認中にエリザが戻ってくるとも思えず、お留守番中にアクシデントが発生することは考えずとも良さそうだったが、一応二人に声をかけ、俺は宿屋を後にする。

 

(さてと、ここからだ)

 

 商人が元バニーさんの親父さんの友人かそうでないかでこちらのとるべき行動も変わってくる。

 

(元バニーさんの「おじさま」でなかった場合、元バニーさんがダーマに残る理由はなくなるわけだから、遅れてイシスへ行って貰……ん?)

 

 そこまで考えて、ふと思う。

 

(元僧侶のオッサンと魔法使いのお姉さんってイシスに行ったことなかったよな……)

 

 シャルロットは防衛戦やら何やらでイシスへ赴いたことはあるが、元バニーさんも僧侶のオッサン達カップルもイシスに行った経験は皆無だったように思える。つまり、ルーラで飛ぶことは不可能なのだ。

 

(宿は三人部屋でとシャルロットは言っていたし、シャルロット自身が送って行くというのも)

 

 おそらくはあり得ない。

 

(後は戻ってきたエリザに送ってもらうパターンぐらいだけど、エリザが戻ってくるのはもう少し先の……あれ? そもそも、シャルロットは――)

 

 今日、元僧侶のオッサン達にイシスへ旅立って貰うと言明しただろうか。

 

(うん、ひとこと も いって ないね)

 

 つまり、こっちが勝手に勘違いして居ただけというオチである。

 

(踏み越えたらアウトの線を誤解から勝手に引いていたとか)

 

 エリザにイシスへ送ってもらうつもりで居たとすれば、タイムリミットは一日近く伸びる。

 

(や、それでも今日を入れて後二日。のんびり構えていられるような日数ではない訳だけど)

 

 脱力感を覚えるのは仕方ないと思う。

 

(まぁ、それはそれとして……)

 

 今は、あの商人の腕へ元バニーさんの言った傷がないか確認して戻るべきだろう。すぐ戻るとシャルロット達には言ってしまったことだし。

 

「確か店はこの辺りだった筈」

 

 朝早すぎて店が開いていない可能性もあるが、目的は腕に噛み傷があるかを確認することなのだから、開店準備中であろうが、問題はない。忍び込んで、腕を見てから立ち去れば良いだけの話である。

 

「ん? あれは……ああ、そうだ。あそこだ」

 

 周囲を見回して見つけた一つの看板が昨日の記憶と一致すると、目的の店を見つけるのは簡単だった。

 

「よし……レムオル」

 

 俺はまだ中に誰も居ない店の中へ忍び歩きで足を踏み入れると、呪文を使って透明になる。

 

(OK、これで見つかる心配はない)

 

 とは言え、店が開いていなければ忍び込むとなる。呪文の効果時間を鑑みても求められるのは、迅速な行動。

 

(……あー、やっぱりまだ準備中か)

 

 件の商人の店の前まで来て、ぶら下がる札と誰も居ないカウンターに少々落胆しつつも、そのまま店の裏手へ回る。

 

(ゲームだと「どうやってそこに入ったんだよ、お前」ってツッコミたくなるような店舗も良くあるけど) 

 

 こっちの世界に来てから壁とカウンターに囲まれて人が一人立っているのがやっとの出入り口のないお店というのにお目にかかったことは一度もない。商品を置くスペースも必要だし、人が生きて行くには居住スペースというか生活空間も要る。

 

(ゲームでカウンターの向こうにベッドがある店もあった気はするけど、店の中から一歩も出ず一生を終えるなんてありえないし)

 

 そも、表から見た時、カウンターの向こうにベッドは見えなかった。

 

(表から見た店の面積の割に建物は大きいところを見ると、店の裏手に居住空間がくっついてるタイプなんだろうな……お)

 

 胸中で推測しつつ壁面を眺め視線を動かした俺は、建物の端につたドアへと目を留めた。

 

「ここが入り口のようだな」

 

 ドアの位置からするに、おそらく勝手口だろう。

 

「アバカム……よし」

 

 念のため解錠呪文をかけてからドアノブを回し、音が立たないようゆっくりとドアを開け、中へと足を踏み入れる。

 

(しっかし、こうして無断で人の家に上がり込むって、何だか泥棒にでもなったような気分だよな)

 

 盗賊だろお前というツッコミはなしでお願いしたい。

 

(さてと、あの商人のオッサンはまだ寝室かな?)

 

 オッサンの寝起きシーンなんて勘弁して貰いたい、と思った時のことだった。

 

(ん、これは水音?)

 

 時間帯を考えると、おかしいところはない。今朝シャルロット達と鉢合わせしたのも、二人が洗顔に行こうとしてからだったのだから。

 

(チャンス! 顔を洗ってるなら、濡れるから最低でも袖まくりはするはず)

 

 腕に傷があるかを確認するには、都合が良い。俺は出来る限り物音を立てぬように水音の方に急行し。

 

(なっ)

 

 想定外の展開に硬直する。俺が見たのは、籠に脱ぎ捨てられた服の数々だったのだから。

 

(朝っぱらから入浴?!)

 

 なんて贅沢な、と怒るつもりはない。と言うか、それよりも何よりも問題なのは、誰かが入浴してることなのだ。幸か不幸か衝立がありこちらからは向こうに誰が要るのか回り込まねば確認できないわけだが。

 

(高い確率で、あの商人のオッサンだよな)

 

 オッサンの入浴シーン、とか目にしたら視覚的なダメージで重傷を負いかねない。

 

(何というデッドライン)

 

 衝立の横に俺は、見た。存在しないはずのその、線を。

 




そこへ足を踏み入れるべからず、踏み入れれば、災禍が汝を襲うであろう。

オッサンと見せかけて残り湯で入浴するお手伝いさんの美少女によるサービスシーンの可能性だって0ではない。

災禍が女性の入浴シーンを覗いたことによって発生する社会的な信用の失墜であるならば。

先にあるは、天国がぢこくか。

次回、第三百二十五話「いやん、主人公さんのえっちぃ(閲覧注意)」

あなた酷い人、入浴シーンを見たいと言いますか。でもあなた友達。

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