強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三十二話「真相とそれぞれの誤解」

「ひっく、だから……お師匠様と……うう、おじじょうざまに少しでも……お返ししたく、て」

 

 宿の一室、燭台の明かりが室内を照らす中、しゃくり上げながらシャルロットは語る。

 

「シャルロット……」

 

 俺が感じたのは安堵が半分、申し訳なさが半分だった。

 

(強盗で無かったのは良かったけどなぁ)

 

 膝枕をしようとしたところ、スカートの内側に「お師匠様の頭」が入ってしまい、足を引き抜こうとする最中を僧侶のオッサンに目撃された、どう見ても黒歴史である。

 

(気遣うつもりが逆に気遣われてたなんて……)

 

 憧れていたとも言っていたが、母子家庭も同然の環境で育ったシャルロットにとって男親との触れあいは求めても手に入らないもの。

 

(何やってるんだか)

 

 師匠を父親と重ねて一緒に居たがったんだとしたら、その心境に気づかなかったと言う意味でやっぱり俺のミスだ。

 

「すまない、気を遣ってくれた上に言いづらいことを言わせてしまったな」

 

「おじじょうざま……」

 

 涙声の勇者を出来れば撫でてやりたいが、生憎縛られたままの俺は身を起こすこともかなわない。

 

「さて、ならば次は俺の番か」

 

 シャルロットが人に言いたくないようなことまで明かして庇ってくれたのだ、次は俺が泥をかぶる番だろう。

 

「先程の一件、俺は物盗りによる襲撃だと思っていた。昔、袋を後ろから被せるなどしてから引き倒しボコボコにして金目の物を奪うという犯罪の手口を聞いたことがあったからな」

 

 シャルロットの方がビクっと震えるのが見えたが、ここは正直に言わないと誤解を生む。

 

「故に俺は恥じた。街中だからと油断してシャルロットを危険な目に遭わせたと」

 

「そんな、お師匠様っ。それは違う、あれはボクが――」

 

 勇者が悲痛な声を上げるが、俺は床に横たわったまま頭を振って見せた。

 

「庇ってくれるな。勇者は人々の希望を背負う者、そう言う意味でも一人だけの身体ではないと言」

 

「「え?」」

 

 一人だけの身体ではないというのに危険にさらした。故に、その非難は敢えて受けようと思ったのだが――。

 

「何故、そのタイミングで驚く?」

 

「あ、え? そ、それは……ご主人、勇者様と……その」

 

 視線を向けるとバニーさんは何処か落ち着きをなくして、言いづらいことがあるかのように視線を逸らし。

 

「勇者様を妊娠させたのではありませんでしたの?!」

 

「「は?」」

 

 女魔法使いの叫びに俺とシャルロットの声が重なった。

 

(なん の じょうだん です か、 それ)

 

 ひょっとしてこの査問とやらの主目的はそれだったりするのだろうか。ともあれ、俺が諸悪の根源としてまず始めに思い至ったのは、とんでもない勘違いをやらかした僧侶のオッサンだった。

 

「聖職者、というのはそう言う悪意のあるデマを周囲に吹き込む者なのか?」

 

「ち、違いますぞ?」

 

 そのとき縛ったからか、俺の殺気に当てられてか。オッサンはブンブン首を横に振って否定するが、もし犯人がこのオッサンで無かったとしても悪質すぎる。

 

「嫁入り前の娘にその手の噂が流れればどういうことになるか解るだろう?」

 

 お忍びで遊びに来て居たのは、不幸中の幸いだがシャルロットが妊娠したなんて噂が流れたらどうなることか。えん罪で俺も断罪されるだろうが、そんなことよりもまずシャルロットが傷つく。

 

「あの、勇者様……今朝仰ってたことですけれど」

 

「えっ、今朝?」

 

 そのシャルロットは、真っ青な顔をして震えている魔法使いのお姉さんと話しているようだが。

 

「ああ、『命の木の実』だったら……ボクはまだイカの魔物は倒せそうにないし、手に入」

 

「いのちのきのみ?」

 

「ん? ああ。欲しがってるとシャルロットから聞いたからな」

 

 シャルロットの言葉で固まった女魔法使いの顔がどんどん青ざめて行くのは何故だろうか。

 

「あ、ミリーの分も頼んであるから安心してね?」

 

「え、あ……その、あ……」

 

 勇者が話を向ければ、バニーさんまで更に挙動不審になり。

 

「も、申し訳ありませんでしたっ」

 

 女魔法使いことサラが俺とシャルロットに土下座したのは、その直後だった。どうやら真犯人はこの女だったらしい。

 

「むーっ! 勝手に誤解してお師匠様を縛るだなんて……だいたいお忍びなのにボクのこと『勇者』って呼んでたよね?」

 

「あぅ、あれは気が動転していて……申し訳ありませんでしたの」

 

 シャルロットは相当お冠で、サラは勇者にひたすらペコペコ頭を下げてるが、怒りの収まる様子は見えない。

 

(うーん)

 

 俺とて、思うところはあるが勇者を放っておいて居眠りしてしまった失敗をしてるので強くは怒れない。

 

「丁度良いと言えば……丁度良いか」

 

「お師匠様?」

 

 だから状況を有効活用させて貰おうと思った。

 

「昨晩に色々話したと思うがあれを元に今後の計画を考えてな。念のためここから先は筆談で話す。俺の腕はご覧の有様だ。悪いが、シャルロット耳を貸して貰えるか?」

 

「あ、はいっ」

 

 俺としてはこっちの文字が書けるか不明な為、何処かで確認しておく必要がある。そこで思いついたのが代筆だった。

 

(手が使えない今だからこそだよなぁ)

 

 誤解と判明したのだから縄を解かれる可能性もあったが、その場合はシャルロットを危険にさらした戒めの為もう少しこのままにしておくと言うつもりだ。

 

「まずバラモス討伐について、俺はダブルパーティー制で当たることを提案する」

 

 とりあえず、身体だけは起こして貰い、何故か顔の赤いシャルロットの耳元に俺は囁いた。

 




解かれる誤解、明らかになる罪。

自分ではなく互いの為に怒る勇者とその師。

本来ならまだたどり着くはずもないポルトガの地で、密談は続けられる。

次回、第三十三話「ダブルパーティー」

主人公の立てた計画とは?

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