強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百二十八話「残念才女・痴態あり」

「……と言う訳で、相手もこちらの動きを把握しているのではないかと俺は見たのだが」

 

 まだ懸念のレベルでも相手があの商人なら用心するに越したことはない。俺は思い至るなり、すぐさま二人に話した。

 

(呪文は使えないにしても、エリザに絡んできたごろつき達の件からも多数の部下が居るのは間違いなさそうだからなぁ)

 

 一番最悪のケースは、この宿屋にもあの商人の息がかかっていて、会話も何もかも筒抜けというパターンだけど、流石にそれはないと思いたい。

 

(いくらがーたーべるとが売れてて、知恵が回るとは言っても、やりすぎれば目を付けられるのが普通だし)

 

 少なくとも、人攫い騒動の時は噂も聞いていないのだから、そんな短期間で影響力を伸ばしているとは思えない。

 

(売る方は人海戦術と知恵で何とかしたとしても、本来このダーマで昔から商売していた人達に影響力を持つ所まで行くには時間が足りなすぎるよね)

 

 ごろつきを使って暴力に訴える「ちからずく」をやったとしても厳しいと思う。

 

(だいたい修行者が集まる転職の神殿で、狼藉をはたらこうとしたらそれはもう自殺行為だと思うけど)

 

 普通に鎮圧されて終わりだ。

 

「ともあれ、この段階で知れたのは幸いだ。これ以上の影響力を得る前に、あの商人を止めるぞ」

 

「はいっ」

 

「は、はい」

 

 元バニーさんの知り合いだというのであれば尚のこと、これ以上悪事に手を染めさせる訳にはいかない。

 

(って、本音はさておき……「これ以上『せくしーぎゃる』を蔓延させてなるものか」)

 

 あの性格の恐ろしさは、シャルロットも俺もいろんな意味で身に染みている。

 

「ただ……まぁ、返事を返して貰っておいてなんなのだがな。知恵が回る者を相手取る手前、こちらも色々考えて動く必要がある。動き出すのは、エリザが戻って来てからに――」

 

 しようと、続けようとした時だった。

 

「はぁ……はぁ、丁度、良い……タイミングだった……はぁ、ようですね?」

 

 顔の下半分を隠す覆面をしつつ、何とも形容しがたい格好をした褐色肌のお姉さんが俺達の居る部屋のドアを開けたのは。

 

「話はエリザさんから伺っています」

 

「いや、『伺っています』じゃなくて、むしろ『話は詰め所で聞こうか』とかそんな感じなのだが」

 

 と言うか、どうやって扉を開けた。

 

(普通、宿の入り口で止められるよなぁ)

 

 顔の下半分を隠してるだけでも十分警戒に値するのに、首から下は殆ど裸なのだ。胸だけは普通に隠れているが、それも普通に下着を着けているだけに見えるし。

 

(まぁ、どうしてこうなってるかは想像つくけど)

 

 申し訳程度の布きれに混じって褐色の肌を隠すがーたーべると、そしてぴょこんと飛び出る先の尖った耳。

 

「入り口までは……はぁエリザさんと一緒、でしたから」

 

 イシスで対峙した時は、剛胆さを併せ持つ智将と言う言葉で表現するのが相応しそうな人物に見えたのに。

 

(せくしーぎゃるっただけで……これとか)

 

 落差がハンパなさ過ぎるぞ、元バラモス軍最高の智将。

 

「少し待って貰えますか。すぅぅぅぅぅぅっ」

 

 はぁはぁと覆面の下で息を荒げたお姉さ、女は覆面に手を押し当てると何故か思い切り息を吸う。

 

「一体何を」

 

「お、お師匠様」

 

「ん?」

 

「え、ええと……あれって、多分ですけど……」

 

 俺からすると意味不明の行動だったのだが、シャルロットは何か気づいたらしい。声をかけられ振り返った俺へ躊躇いがちに言った。

 

「パンツだと思います」

 

 と。

 

(あー、そっか、ふくめん じゃなくて ぱんつ かぁ)

 

 うん、間違うことなきド変態じゃねぇか。

 

「はぁ、はぁ……すみません、ちょっとエピニアの香りを」

 

「シャルロット……流石にこれは衛兵を呼ぶべきだと思うのだが」

 

 知恵を借りようと伝言を頼んだのは、俺である。だが、流石にここまで色々振り切れてるのは、想定外だった。

 

(知恵を借りる前から嫌な予感しかしないという以前に、側にいるだけで社会的信用が急激に損なわれて行くとか)

 

 好意のベクトルはエピちゃんに向いてるから大丈夫だと判断した過去の自分を殴りたい。殴って蹴りたい。

 

「ご、ご主人様……そ、その、流石にそれは」

 

「わかっている、冗談だ。ただな、流石にあんな姿を晒すのは気の毒というか、何というかだな……」

 

 言外に言いすぎではと主張する元バニーさんに応じつつも、エピちゃんのお姉さんは正視に耐えなくて。

 

「すまんがシャルロット、頼めるか? 俺が脱がすのは問題がある」

 

 元バニーさんは転職したてで、身体能力に難があると見た俺はシャルロットへ頭を下げた。

 

「それから、ミリーと二人でアフターケアも頼む」

 

 元に戻った時受ける精神的ダメージを鑑みて依頼するが、こういう時男というのは本当に無力だと思う。

 

「俺はエリザと話してくる」

 

 ここを頼んだと言い残して部屋を後にしたのは、別に逃げた訳ではない。

 

(とりあえず、エピちゃんのお姉さんが来たのは、解った)

 

 だが、確認出来たのは一人だけだ。

 

(向こうから接触してくるかも知れないし、そう言う意味では一人の方が都合がいいんだよなぁ)

 

 ただ、できれば せくしーぎゃる の かた から の せっしょく は ごえんりょ ねがいたい けれど。

 

「あ、スー様。お一人ぴょん?」

 

 次の瞬間、その声を知覚した俺は声に出さずに希望したことが原因かと疑った。まるで狙ったかのようなタイミングであったから。

 

 唐突な再会にもかかわらず、割と冷静な声を出すことに成功した俺は問うた。

 

「エリザは向こうか、と」

 

 いくらカナメさんでもせくしーぎゃると二人きりは何処か不安なものがあったのだ。

 

 




どうして こんな に なるまで ほうって おいたんだ。


本編で
まともな出番は
初なのに

無慈悲なるかな
下着覆面


……とりあえず、57577に纏めつつ、次回、第三百二十九話「事情を説明してみる」。



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