強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百三十一話「俺、せくしーぎゃるになりません。」

「とりあえず、モシャスするかの判断は後回しにしてシャルロット達の所へ戻ろう」

 

 臆病者と呼びたければ呼べばいい。結局の所、俺は判断を先送りにすることにしたのだ。

 

(一応、モシャスしてお願いだけしておいて元に戻って知らないふりをするって選択肢もあるにはあるけど)

 

 相手が変態なのに切れ者では見抜かれる可能性がある。

 

(って、あれ? だったら、モシャスで変身して騙すなんてペテンまがいの手段なんか最初から通じないんじゃ?)

 

 更に考えてふと思い至った疑問は、別に俺がモシャスで変身するのが嫌だからたどり着いたとかではないと思う。

 

「少しいいか? 考えてみたんだが――」

 

 ならば、そんな穴のある案を何故スミレさんが俺に語ったのか。気になった俺は、シャルロットの元に戻りながら同行するスミレさんへ問い。

 

「スー様、世の中には妥協というものが存在する。お金がないからイミテーションの宝石の付いたアクセサリーで我慢するとか、そう言う類の」

 

 割と即座に聞いたことを後悔した。

 

「待ってくれ、イミテーションというのは、妥協というのは……」

 

 あれ ですか。

 

(「まーいっか。偽物だけどこの際我慢して色々すっぞ」って こと ですか?)

 

 ポーカーフェイスしていたはずなのに言わんとすることをスミレさんは察したらしい。

 

「んー、まぁ、男の人が官能なんちゃらとかを見つつ想像することで色々と発散するのの親戚(はとこ)?」

 

「いや、俺はそれにどうコメントを返せばいいんだ」

 

 いや、そもそもコメントをどうのこうの以前の問題かも知れない。

 

(とりあえず、モシャスで誘惑は没だな)

 

 せくしーぎゃるったことを後になって後悔する以前の話だった。決行した暁にはイシスでのOSIOKIなんて比べものにならないダメージを負いかねない案を選択出来るような被虐趣味は持ち合わせていないし、エピちゃんのお姉さんの変態ッぷりやら、カナメさんにまっしぐらしかけていたエピちゃんを見る限り、交渉しようとして襲われる可能性すらありうる。

 

「となると、カナメに頼るしか無いような気もするんだが……」

 

 ある意味スミレさんの言うとおりであった。自分が相手の立場に置かれると見えてくるモノがあるというのは。仮定でもあの変態一号二号に身体を狙われるという状況を想定してみたことで、カナメさんの見えなかった苦労と恐怖が解った今だからこそ、頼みにくいのだ。

 

(「変態に襲われるかも知れないけれど俺の為に交渉に行ってくれ」なんてなぁ)

 

 頼める程厚顔無恥ではないつもりだ、ただ。

 

「……そこで悩むスー様だからこそみんなついてくるってあたしちゃんも思うけど」

 

 こころ を よむ のは やめてください、すみれさん。と いう か、あなた は えすぱー ですか。

 

「賢者です」

 

「そこで親指立てんな」

 

 思わず素でツッコんでしまったのは、仕方ないよね。

 

「ちょっとしたお茶目なので、寛容な心での対応を期待してみる」

 

「……はぁ」

 

 遊び人だった頃の名残、と言うことなのだろうが俺で遊ぶのは止めて頂きたいと切に思う。

 

「『善処します』とは答えつつ、『スー様、妥協というのもようはやりようだよ』とお詫び代わりにあたしちゃんは助言してみたり」

 

「だから思考を……ん、やりよう?」

 

「そう。当人が接触すると危険なら、対象をモノにグレードダウンさせて交渉するという手法。つまり、相手に妥協させるってことだけど」

 

「……なるほど」

 

 スミレさんの言いたいことが何となく解った気がする。

 

「つまり、着ていた服などの物品を使って交渉しろと言うことか」

 

 思い出せば、カナメさんが変態一号ことエピちゃんのお姉さんを御したのもエピちゃんのがーたーべるとと引き替えにだった気がする。

 

「……待てよ、と言うことはウィンディが顔の下半分を隠していたアレは」

 

「パンツぴょん? あれはあの子が『受け取って下さいお姉様』って自」

 

「っ、だぁぁ、待て! それ以上言わんでいいっ!」

 

 と言うか、何時の間に側に居たんですか、カナメさん。

 

「ちょっと前からぴょん。スー様、珍しく隙だらけだったから、ちょっと気になったぴょん」

 

 あー、まぁ、スミレさんのペースにのせられたり、深く考えたくないようなことを少しでも考えたりしてしまったからだとは思うけれど。

 

「俺も修行が足りんな」

 

 周囲が味方だけとは言え、油断しすぎだ。

 

「あたしちゃんとしては、そんなスー様だから好きだったりするけど」

 

「いや、もう『そう言うの』はいいからな?」

 

 まったく、スミレさんは俺で遊びすぎだと思う。

 

(と いう か、こんな おれ が すき って どういう こと ですか?)

 

 本気で言っているなら、弄るのが大好きなドSと宣言してるのにも等しい気がする訳だが。

 

(ひょっとして、クシナタ隊から見た俺の認識って「おもしろいおもちゃ」だったりするとか?)

 

 振り返ると、割とからかわれることは多かったと思う。

 

(うーむ、玩具かぁ)

 

 それでも、仲間の女性が向ける好意を「自分に気がある」と勘違いする気持ちの悪い奴よりはマシだろうか。

 

「精進あるのみ、だな」

 

 マシだからってこのまま玩具で甘んじてはいけない、いつの日にか。

 

「世界一のせくしーぎゃるに」

 

「俺はな……いやいやいや、ならない、ならないからな?」

 

 こう、あらた に けつい する ところ で わりこませてくる とか、いくら なんでも ひどい と おもう。しかも、ぶち込んできたのがよりによって、せくしーぎゃる、とか。

 

(うったえたら ほぼ まちがい なく かてる れべる ですよ?)

 

 つーか、見たいんですかスミレさん、俺のせくしーぎゃるを。

 

「スー様、世の中には『怖いモノ見たさ』と言う言葉がある」

 

「流石にそろそろ俺も怒って良いのではないかと思い始めてるのだが」

 

 やっぱり修行が足りないのか、それとも足りないのはカルシウムか。

 

「スー様、取り込み中失礼だけど、ついたぴょん?」

 

「え」

 

 ふいに投げられたカナメさんの声に視線を前に戻すと、そこにあったのは一枚のドア。

 

「っ」

 

 何の変哲もないドアだった、さっきまで存在にも気づかないドアだった、だと言うのに。

 

(この向こうに三人が……)

 

 つい先程、悪夢を脳内シミュレートしてしまった俺にとって謎の迫力を持って立ち塞がっていたのである。

 




寝起きのテンションって怖いですね、とりあえず、せくしーぎゃるにはさせずに済みましたが。

次回、第三百三十二話「ウィンディさん、マジ智将」

さー、元バラモス軍最高の智将が作者の思惑なんて無視してあんなこんなしちゃうよ?





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