「いらっしゃいませ」
「ここの店にあるロープはこれが全てか?」
立ち止まって、冷やかしをする気はないし、他所の店の観察をし続ければまず確実に怪しまれる。だから俺は店内にあったロープを一通り眺めてから声をかけてきた店主に尋ねた。
「ええ、そうですね」
「そうか、こうしてみると色々ある物だな」
店主に応じつつ視線を向ける先には、材質も色も太さも違うモノがロープだけでも複数。内一つは部屋に転がっていたモノと材質太さ共に同じモノのような気もする。
「これは?」
「ああ、そちらのロープは転職を希望される方が新しい職業の訓練の為に買って行かれるものです。安価でしてね、訓練用なら丁度良いと言うことでしょう。主に買って行かれるのは、盗賊か遊び人志望の方ですが、お客様のようなベテランにはお勧め出来ません」
「成る程」
言われて値札らしきものを見ると、確かに隣のロープとは価格が随分違う。
(そう言えば幾人か転職組も居たし、ひょっとしてあのロープの出所、エピちゃんのお姉さんが持ってたものだったのかもな)
盗賊に転職して日が浅いあの変態の持ち物だったというなら、辻褄は合う。
(何のつもりで持ってたかは、精神衛生上考えないでおいた方がよさそうだけど)
邪推して、普通に訓練用だったら目も当てられない。
「ただ、使うのは俺ではなくてな」
「おや、それは失礼しました。通りで、見てる品とお客さんがちぐはぐな訳だ」
「気にするな。前と同じ品で良いかとも思ったが、これもそれ程
頭を下げる店主を制して、二つのロープを示し、必要な長さまで指定すれば、シャルロットに頼まれたお使いは果たしたも同然。
「金はここに置くぞ?」
「はい、ありがとうございます」
こちらの指定した長さにカットする店主に声をかけてから、代金をカウンターに置き、作業が終わるのを待ちつつ、俺は再び口を開いた。
「ところで主人、他にも買う物があって何軒か回るつもりなんだが、オススメの店はあるか?」
「おすすめ、でございますか?」
「ああ」
嘘は言っていない。
(エピちゃんのお姉さんは商人達と言っていたもんな。その割に、あの店に居たのはあのオッサンだけ)
この付近の店の中に、シャルロット達へ敵意を持った商人の店があったとしても不思議はない。
(露骨に探ると警戒されるだろうけど、こういう形だったら怪しまれることもないと思うし)
世間話の形でも情報収集は出来る。
(向こうが勧めてきたお店のことなら、些少聞き返しても不自然じゃないもんな)
外れの場合は、時間の無駄にしかならないが、怪しまれるよりはマシである。
「感謝する、参考になった」
「それはそれは。では、お気を付けて」
それから暫し後、買い物を終え三軒ほどオススメの店を教えて貰った俺は、店主に見送られ一軒目の店を後にした。
(ふぅ、商人だけあって口が上手いと言うべきかな)
自分が紹介したことを紹介先の店で告げるようにと半ば約束させられたが、代わりに一応の収穫らしきものもあった。
(二軒は昔からの知り合いって言ってから除外出来るとして)
勧められた残りの一軒は、つい最近開店したと言う。
(隠す気がなかったのか……罠って可能性は否定出来ないけど、多分違うな)
何でもその店の店主は、自らイシス出身であることを明かしているらしい。イシスに居られなくなった理由つきで。
(元バニーさんの「おじさま」よりダイレクトなイシスへの攻撃だ)
ただし、攻撃の対象がイシスに絞られているから、舵取りをしているはずの商人のオッサンも止めなかったんじゃないだろうか。イシスの民衆はあの商人のオッサンにとっても仇だ。
(イシスで被害を受けた商人達のガス抜きも狙いだったりするのかもなぁ)
何もかもをいけませんと止めては、不満が溜まる。
(やっぱ、一筋縄でいきそうにないな、俺だけだと)
情けないことだが、これは是が非でもエピちゃんのお姉さんに復帰して貰う必要がありそうだった。
(とりあえず、戻るのは買い物を済ませてから、か)
オススメしてくれた店の内、怪しくない一軒が書物や紙、筆記具などを専門に扱っていると言うことなので、そちらに寄るのはほぼ確定だが、オススメを聞いたからには、三軒全てへ足を運ばないと不自然になる。
(うん。何というか、情報収集する機会が増えると考えれば「三軒全てに足が運べる」と思うべきだよね)
そう、情報源と見なければいけないのに。
(どうしよう、考えないようにしてたけど、残りの一軒寄らずに帰りたい……)
さっき立ち寄った店の主人が言っていたのだ、幼なじみの女性が経営してる店があると。
(おのれ、元バニーさんの「おじさま」めっ!)
その女店主さんの年齢は、四十七歳。がーたーべるとを装着した後天性せくしーぎゃる、とのことである。
(罰ゲームだよね、どう考えても罰ゲームだよね?)
勿論、そんな凶悪極まりない店を紹介するとか言う嫌がらせを先程の店の主人がやらかしたのにも訳はあった。
「美形に弱く、イケメン相手には大幅な値引きも当たり前……か」
俺の顔を見て、イケメンと見てくれたのは、良いが、この肉体は借り物。自前の顔でない。
(や、じまえ の かお でも その ねんれい の ごふじん に しゅうは とか むけられても びみょう ですよ?)
商品の大幅値引きが見込めたとしても、だ。
(その上で勧めてくると言うことは、何か他にも理由があるんだろうか?)
見える地雷以外の何物でもないような気がする。
(社交辞令でも「感謝する」なんて言うんじゃなかった)
オススメを聞いたからには、三軒全てへ足を運ばないと不自然になる。重要なことなので、二度目だが、つまりあの店主がそんなお店をオススメして下さったお陰で、俺は逃げられない。
(推薦したからには後で、確認に行くよなぁ。「お客さんに紹介しておいたけど来た?」とか)
こっちの容貌は覚えているだろうから、モシャスったりマシュガイアったりするという手は使えない。
(つーか、売る相手ぐらい選べよあのオッサンがぁぁぁぁぁっ!)
胸中でかなり大荒れしつつも、オススメ店舗を聞いたのは、俺。自分を抑えつつ次の店に向かう足は重かった。
主人公、無茶しやがって。
次回、第三百四十話「予測可能、回避不能、だが俺は今こそ逃亡したい」