強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百四十五話「おつかいは続く」

「邪魔をする。そこにある雑貨屋の店主の紹」

 

 ほぼ敵対勢力確定の店とは言え事を荒立てる気などサラサラ無い。隙は見せず、俺としてはごく普通の客として振る舞うつもりだった。

 

「げへへへっ、言いがかりも大概にしろよぉ?」

 

「言いがかりなんかじゃありませんっ!」

 

 けどさ、店に入った瞬間、先客が用心棒らしきごろつきと揉めてるというのはどうかと思う。

 

(事を荒立てるつもりがないなら、「取り込み中のようだな。出直すとしよう」って感じで回れ右すれば良いだけだろうけれど)

 

 それはあり得ない。俺自身が欲している筆記用具や紙を扱ってるのが紹介されたもう一軒の方であることを差し引いたとしても。義を見てせざるは勇なきなり、と言う訳ではないがこのままさよならというのは後味がよろしくない。

 

(ただ、前情報ゼロでもあるんだよなぁ)

 

 用心棒がごろつきで、この店の主人が敵対的だという前提のせいで、店側が悪く見えるが食ってかかってる前の客がクレーマーと言う可能性だってゼロじゃない。

 

(まぁ、傍観するという選択肢はあり得ないんだけどさ)

 

 情報収集してからと悠長なことを言っていては、ごろつきに先客が殴られるなんて展開になることもあり得る。

 

「邪魔をする、取り込み中のようだがどういうことだ?」

 

 故に、俺は敢えて首を突っ込んだ。ここでもしごろつきが激昂して「外野はすっこんで居ろ」とでも叫ぶようなら、こちらとしてはあちらが帰る理由を作ってくれたようなモノ。

 

(紹介してくれた店主には「用心棒らしい奴に恫喝された。何て店を紹介してくれたんだ」と文句の一つでも言えばいいし)

 

 紹介された店に足を運んだことで義理は果たしたことになる。もっとも、この店の主がそんな用心棒による自店舗への営業妨害に気づかす見過ごさなければ、そんな状況にはならないだろうが。

 

「これは失礼しました、お恥ずかしいところを」

 

 声を発したのは、ごろつきではなくカウンターの向こうにいた眼鏡の男性だった。おそらくは店主だろう。

 

「実は、そちらのお客様が当店の商品ではない品を持ち込まれまして」

 

「ここの商品ではない?」

 

「はい。ガーターベルトと言う装飾品なのですが」

 

「ふむ」

 

 説明され、周囲を見回すと、店内にあるのは、壺、壺、壺。別に壺を売る店ではない。この店で扱っているのは、油だ。食用以外にも武器の手入れ用のモノ、照明用の燃料などがあり、俺がここを紹介された理由はお使いで頼まれた品に油があったからでもある。

 

「アクセサリーと油では『あ』しか共通点がない、か」

 

 と、言語によっては通用しないボケをかましてみるが、先客が食い下がっていた理由もだいたい察しがついた。

 

「確かにここでは扱っていない商品かも知れませんが、同じ商会のお店じゃないですか! それに、これを渡した人は商会の系列店なら何処でも返品出来るって」

 

「ほう」

 

 前半はだいたい予想通りというところか。

 

(あの商人のオッサンへの返品、相当きつかったからなぁ)

 

 直接扱ってる店は無理だと判断し関係のある他の店へ当たろうとしたのだろう。

 

「他の店でも返品出来ると言う話だったなら不当な要求ではないな」

 

 事を荒立てる気はない、ただ店主に味方する理由も義理もない。あくまで中立の立場から、両者の言い分を聞いていた俺は眼鏡の店主へ視線をやる。

 

「あちらはああ言っているが?」

 

 問いつつ、もめ事になっていると言うことは渡した男が独断で勝手なことを口走ったのではないかと俺は考える。

 

(渡す時に出任せを言っておいて、後でとぼけるってのも悪役が割と良くやるパターンだけど、がーたーべるとを渡したとき代金を受け取った訳じゃないからなぁ)

 

 ここで店側がそんな男は知りませんと言おうモノなら、「じゃあ、このがーたーべると返品しなくても代金支払わなくて良いんですね、ひゃっほい」と言質を取られてしまうことにだってなりかねない。

 

(どう返す?)

 

 とぼけるか、認めるか、否定するか。

 

(よくよく考えると警戒していたのは元バニーさんのおじさまだけだった訳だけど、その陰に隠れた強敵が居たって不思議はないんだよな)

 

 おじさまに良いように操られてる時点でお察し、といいたいところだが敢えてのっているキレ者が居る可能性だってある。

 

(過小評価して足下をすくわれるのは拙い)

 

 そう言う意味でも、指標としてここは眼鏡の商人がどう答えるか聞いておくべきだろう。

 

(うまく行けばあの先客もがーたーべるとなんて忌まわしい品が返品出来るし)

 

 あのままごろつきと揉め続ければ今頃手を出されていてもおかしくなかったと思う。

 

(うまく行かなかったら、その時はその時かな)

 

 エピちゃんのお姉さんでない俺に出来ることなど、せいぜいこの程度。あとは、うまく行くように祈りつつ反応を待つことぐらいだった。

 

 




久々に次回は番外編の予定。


次回、番外編20「手紙(クシナタ隊隊員視点)」

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