強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百四十六話「眼鏡の商人」

「まぁ、連絡の行き違いがあったと言うことでしょうね」

 

 俺という第三者の目があるからか、割とあっさり眼鏡の商人は返品を受け入れることを決めた。

 

「ただ、このガーターベルトを渡したと言う方とはあとできっちりお話ししないといけませんが」

 

 などと続け多時には眼鏡の奥の目が笑っていなかったところを見るに、迂闊なことを言った配布役の方には何らかの制裁が科せられるのだろう。

 

(そっちは向こうの自業自得だけど)

 

 これでめでたしめでたしかと言うと、そうでもない。あのまま前の客が何事もなく帰れるならいいが、帰り道を用心棒の方が追いかけてきて因縁を付けるとかそのまま襲いかかってくると言うのは、割とよく見るパターンだ。

 

(第三者の目があるからこそ、無茶をしなかっただけだとしたら)

 

 それこそ、あの先客が店を出てから想像通りの行動に出る可能性もある。

 

(用心棒が店を出ようとするようなら、その時足止めを試みるか、もしくは)

 

 ただし、ことを荒立てるつもりはない。

 

(まぁ、いずれにしても店側の対応次第だな)

 

 こちらとしてすべきは、さっさと買い物を終わらせて帰ること。

 

(早く買い物を終わらせればこっそり先客の後を尾行(つけ)ることだって出来るかもしれないし)

 

 どちらにせよ、店内で揉める気はない。尾行の結果、ごろつきが襲ってるところに出くわせば、「悪事の証拠」を手に入れる為、介入する可能性はあるが。

 

(うまく現行犯で捕縛出来たとしたところで、トカゲの尻尾切りされる気しかしないんだよなぁ。そうそうこっちの都合良く事が運ぶとも思わないし)

 

 反勇者連合をしょっ引く為の理由が一つ手に入るからと言うよりも、先客が襲われると寝覚めが悪いからが介入の理由になると思う。

 

「では、お引き取り頂けますね?」

 

「はい。その、ありがとうございました」

 

 商人と先客のやりとり横目で見つつ、色々考えていた俺は和解の成立を見届けると、一度だけ用心棒の方を盗み見てから壺の群れへと目をやった。

 

「確か、この油だったな」

 

 一応頼まれた物は買って行く必要があるし、赤の他人のもめ事に首を突っ込みすぎるのも不自然だと思ったのだ。

 

(それに、予め買う物を決めておけば時間短縮になるし)

 

 って、俺は誰に説明をして居るんだろうか。

 

(うーむ、疲れてるのかな、色々と)

 

 二店舗前でクリーチャーと出くわしているので、無理はないと思う。

 

「……話は済んだようだな。この油を貰おう」

 

 向き直るなり眼鏡の商人へ話しかけたのは、一応用心棒に何か指示を出していないかと見る意味もあったが、とりあえず杞憂だったらしい。意味ありげな仕草などと言うモノは特になく。

(いや、俺がその手のモノを見過ぎてるだけか)

 警戒したこちらを嘲笑うかの如く、何もないまま買い物は進んだ。

 

「では、失礼する」

 

「ありがとうございました」

 

 気づけば、精算をすませて店の外。

 

(……うん、ま、いっか。前の店でリストは貰えた訳だし)

 

 とりあえず、例の先客はかろうじて後ろ姿が見えるので、念のためストーキングはするつもりだが。

 

(次の店とあまり離れないといいんだけど)

 

 この時、俺はまだ気づいていなかった。あの品を押しつけられるのが、まだダーマにやって来たばかりの人間に限られていることを鑑みれば、先客が何処に帰るかなど解っていたはずなのに。

 

「あ」

 

 気が付いたのは、視界内に宿屋の看板がかろうじて入ってから。

 

(うわーい、戻ってきちゃった)

 

 結局来た道を引き返すハメになったのは言うまでもない。

 

(しゅうげき? そんなもの まったく かけら も そぶり も ありません でしたよ、ええ)

 

 だーま は きょう も へいわ です。

 

「……引き返そう」

 

 そう言えば、次の目的地である地球のへそでは壁に並んだ仮面が引き返せと囁くダンジョンであった気がする。

 

(何てことを思い出すぐらいに、空しさを噛み締めつつ、俺は歩いてきた道を引き返した)

 

 胸中で謎のナレーションをしつつ目指す先は、紹介された店の内最後の一軒。

 

「今度は忘れ物しないようにしないとな」

 

 買い忘れでまた引き返すなんてオチは望んじゃいない。

 

(ただなぁ、今日あったことからするとまた予想もしていなかったアクシデントとかに巻き込まれそうで)

 

 ありがちなのは、迷子に出くわすとか、荷物を持った老人に話しかけられるとかだろうか。

 

(次点が、せくしーぎゃるの襲来かな。多いらしいし、このダーマには今)

 

 ええ、おれ が そうぐうした のは へんたい にひき と くりーちゃー が いったい だけ ですけどね。

 

(内二匹は、広い定義で見れば身内……よし、がーたーべるとは燃やし尽くそう。集めて火にくべよう)

 

 そんな決意を覚えてしまったって、仕方ないよね。

 

「ふっ、いや……最初からそうすれば良かったのやもしれんな」

 

 脱いだ後のシャルロット達を見れば、解る。あれは存在してはいけないものだと。

 

(くくくくくく……はははははは)

 

 何だか悪人っぽく声には出さず笑ってしまうが、これだって仕方ないと思う。

 

「あら、そこのお兄さんいい男ね。あたしと楽しいことしない?」

 

 とか、いきなり声をかけられたりしたのだから。

 

(いや、次点ってあげた直後ですよ?)

 

「あー、ずるい! 抜け駆けなんて卑怯よ!」

 

「何々? あーっ、いい男じゃないっ」

 

 俺が一体何をした、と心の中で問う間にも後方の声は増えていた。

 




せまりくるせくしーぎゃるのきょうふ。

次回、第三百四十七話「ただいま」

え、無事に帰れるの、この状況で?

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