「ねぇ、誰から声かけるぅ?」
振り返るのに酷く抵抗を覚えることへひどくデジャヴを感じてしまうのは、気のせいだったと思いたい。
(うん。なんていうかさ、これで振り返った先にいたのがクリーチャーだろうと綺麗なお姉さんだろうと俺がとれる選択肢なんて一つだと思うんだ)
買い物は残っているし、これ以上時間を取られるわけにはいかない。
(なら、逃げの一手だ!)
幸い、身のこなしとか素早さには自信がある。
「あっ」
無言のまま歩く速度を上げると、後方で声が上がるが、知ったことではない。
(大丈夫、なんだか微妙に揉めてるみたいだったし、こっちの初動については来られない筈)
逃げる、逃げるのだ俺。
「あーっ、行っちゃうじゃないっ!」
「追いかけるわよ!」
「っ」
後方の推定せくしーぎゃるへ振り向き、「なぜ そこ で おいかける」とツッコミたい衝動に駆られはしたが、辛うじて堪えた。
(駄目だ反応するのが一番拙い。脈ありだと思わせたら負けだ)
女慣れしていない俺ではせくしーぎゃるの集団に捕捉されたらひとたまりもないだろう。シャルロットやおろちへの対応もかなり危うかった気がするし。
(最悪、ルーラ……じゃなかった、キメラの翼の使用も選択に入れよう)
視界外に逃れられれば、レムオルの呪文で透明化という手もあるが、追いかける宣言してるせくしーぎゃるのむれはおそらくまだ俺を視界内に捉えているだろう。
(というか、追っかけてさえ来なければもう視界から消える程度の距離は歩いてるのに)
このまま、あの雑貨屋におススメされた店にはいけない。店に入るということはその店舗構造によっては袋小路に自分から飛び込むようなものだ。
(それは、明らかに悪手)
狩人からすれば、出口を張っているだけでやがて獲物が出てくる訳で、そんな選択をした愚かな獲物は狩られるだけだ。
(撒かなきゃ、何とかして撒かなきゃ)
お店に行けない。
(しかし、本当にどうしてこうなった)
何故お使いに出ただけでせくしーぎゃるに追われなければならない。
(甘く見てた? せくしーぎゃるがダーマに広まりつつあるって情報を俺が甘く見すぎてたから?)
それともガワは借り物でそこそこ整った顔をしてることを忘れてたからか。
(……わかってる。今更後悔したり自問自答しても仕方ないってことは)
後者についてはこの追跡者を振り切れたら、同じ目に二度と遭わないように予防策を考えるのには役立ちそうだが。
(って、このタイミングで「この~たら」はやう゛ぁい)
かんがえて から きづき ましたけど、これって いわゆる ふらぐ ですよね。
「あ、いい男」
認めよう、今回は。絶妙のタイミングで前から声が聞こえた理由は俺のせい、自業自得だと。
「ちょっ」
挟まれた。せくしーぎゃるにはさまれた。
(ぜったい ぜつめい じゃないですか やだー)
ちなみに、参考までに現在の周辺地理を説明すると、店がびっちり並んで隙間や脇道のない一本道、前後にせくしーぎゃる。
(どうしよう)
これが転がってくる岩なら左右にある店のどれかにお邪魔してやり過ごせばいいが、相手は人間だ。入り口で張って出てくるのを待ち構えるかもしれないし、店の中まで入ってくる可能性だってある。
(とりあえず、前方のせくしーぎゃるがクリーチャーでないのと一人なのは幸い……なのかな)
もっとも、チラ見でがーたーべるとが確認できるような格好の痴女と遭遇して、幸いとはこれいかにと自分に問いたくなる気もすこしはするけど。
(最悪、前方なら強行突破もいけるか)
サッカーでボールをもったフォワードが敵ディフェンダーを抜き去るようなイメージだ。サッカーにはあまり詳しくはないが、サッカーの漫画ぐらいなら読んだことはある。
(それに、水色生き物なら結構蹴ってるしなぁ)
関係ないとツッコまないで欲しい。後半は現実逃避なんだ。
(だいたい、あの人を抜き去れば、あの人自体が後ろのせくしーぎゃるを遮る壁になって――最終的に追跡するせくしーぎゃるのむれが+1人されるんですね……って、状況悪化するじゃねぇかぁぁぁぁっ!)
駄目だ、一人ノリツッコミしてしまうほど俺は追いつめられているらしい。
(どうする、どうすればいい?)
古典的だがゴールド金貨でも撒いてみるか。
(うーん、金に目がくらんでくれればいいけど、拾って「落としたわよぉ」と声をかける口実に使われるような気もするからなぁ)
かと言って、逃げられるような場所はない。
(右も左も店ばかりだし……ん?)
活路を求めてそれを見つけられたのは、本当にたまたまだった。
(古着屋……か、そうか。ここなら!)
中で買った服に着替え、変装し何食わぬ顔でやり過ごせる。
(いくらせくしーぎゃるだってスレッジみたいな爺さんなら狩猟の対象外だろうし)
万全を期すなら、女装すべきかもしれないが、うん。
(じょそう は もう かんべんして ください)
図らずも自分で自分の心の傷を抉ってしまうことになったが、立ち止まっているような時間はなかった。
「あらぁ? いないじゃない母さん」
「おかしいわね。確かにここへ入ったんだけど」
結果から先に言えば、俺は賭けに勝った。あと、後方のせくしーぎゃるは親娘だったという要らない追加情報も得た。ちなみに、ふつうのお姉さんとクリーチャーが二対一の割合であったことも要らない情報だったと思う。
「……ただいま」
「あ、おかえりなさい、お師匠様」
その後、最後の買い物も済ませ、出迎えてくれたシャルロットの顔に癒されたのは、無理もないことだったと思う。
(……疲れた、疲れたよ)
このままベッドに倒れこんで寝てしまいたいところだが、俺にはまだすべきことがあり。
「買い物は済ませてきたが、二人の様子は」
質問と報告、内の前者を済ますべく、シャルロットへと問いかけた。
森崎君は吹っ飛ぶもの。
とりあえず、PC入院により元原稿がないため、今回からサブタイトルに(仮)をつけての復帰となりました。
今後の展開をざっと書いたメモとか、ゲームのセリフを書き出したものとか、全部なくなってしまいましたが、おおよその展開は覚えてるので話の進行に支障はないと思いたいです。
次回、第三百四十八話(仮)「ほうこくをすませるまでがおつかいです?」