「くっ」
それが誰であるかを深く考えるよりも先に走り出していた。つい先程まで蹴っていた水色生き物が倒れ伏した人に襲いかかっている姿だったからだ。
「間に合え、ラリホー!」
呪文が使えるのは確認済みとはいえ、ゲームの時のように巻き込んでも味方にダメージ無しなんてご都合主義が通るか疑念があった俺の選んだ呪文は、敵一集団を眠らせるというもの。
(眠らない奴がいれば蹴り飛ばすッ)
一応蘇生呪文であるザオリクだって使えるが、水色生き物諸共倒れてる人を吹っ飛ばすような外道さを持ち合わせては居ない。
「とにかく助けないと」
ただその一心で駆けつけ。
「は?」
己の足がスライムシュートを放てる距離まで近づいた時、一瞬我を忘れ俺は立ちつくした。
「はい?」
正直に言うと見つけた時は旅人だと思った。着ているのが旅人の服だったからなんてどーしようもない理由もあるが首から上が俺の居た場所からは茂みに隠れて見えなかった被襲撃者の髪は黒。そして尖っていらっしゃった。
「なんでゆうしゃがすらいむにぼこられてるんですか?」
しかもソロ。ルイーダの酒場で仲間募ったんじゃなかったんかい。
「……ピキ?」
(おちつけ、おちつくんだおれ)
スライムに蹂躙されて喜ぶ性癖の持ち主でないなら、この状況に至った理由で考えられるのはただ一つ。
(ひょっとしておれいがいすべてりせっとですか?)
つまり、眠っているのか意識がないのか既に事切れてるのか、スライムに囲まれて動かない勇者様はレベル1、ひょっとしたらレベルアップしているかも知れないがそれでもおそらくレベル一ケタは脱していないだろう。
「うわぁ、どうのつるぎとはなつかしい」
「ピキー」
近くの下生えの上に転がっていた勇者の初期装備を見て俺の顔が引きつる。
(まおうとうばつはゆうしゃまかせにしてにげだすおれのかんぺきなさくせんが)
何があったかは本当に知らないが、肝心の勇者様は単身外に出てスライムに倒されてるのです。
「と、とにかくこの状況をどうにかしよう」
「ピキッ、ピキー」
たぶん、真っ先に処すべきは眠りから目覚めて俺を新たなターゲットに定め体当たりを繰り返してる水色生き物だろう。
「空気読めぇぇぇぇぇ、シュゥゥゥゥッ!」
「ビギィィィィィィ?!」
まるで切り取って貼り付けた(コピー&ペースト)したかのようにそっくりな悲鳴をあげながら水色生き物はぶっ飛んで行く。
「はぁ、他のも目を覚ます前に倒して……この後どうするかだな」
このまま放置して行くのは寝覚めが悪いし、何で一人なのかも気になる。ちなみに、水色生き物の殲滅についてはもはやただの作業だった。一人フリーキック大会だった。
「さてと、じゃあ起こ――」
あんにゅいな様子を隠そうともせず、俺はうつぶせの勇者に手をかけ。
「え?」
むにゅんというやわらかなかんしょくをてにかんじてこうちょくした。
「すら……いむ?」
ひょっとしてあのみずいろいきものはふくのなかまでもぐりこんでいたのだろうか?
(OK、おちつこう)
ルイーダの酒場で俺は勇者の姿をはっきり見ていない。出来る限り早く離れようとしていたぐらいなどだから余裕もなかった。
(そう言えば思ったより高めの声だとはおもったんだよなぁ)
ただ、声変わりしていないだけだと思っていた。
(だいたい、このキャラ使ってたパーティーメンバーの勇者は男だったはず)
これはどういうことなのか。手の中から零れ出しそうなたぶんスライムではないものの感触さえ忘れて、俺はかすれた声を漏らす。
「どういう……ことだ?」
勇者が性転換してるとかそれなんて二次創作モノ、とか言いたいところだが、ゲーム世界に憑依トリップしてる時点で充分に二次創作だ。
(考えててもらちはあかないけどなぁ)
こんな所で女の子の胸触っててもどうしようもない。
「って、いかん」
我に返った俺は女勇者の身体を仰向けにすると急いで手を退けた。
「危なかった、誰かに見られようものなら牢獄行きは避けられなかっただろうな」
と言うか、人としてもアウトなんじゃないだろうか、相手の意識がないことにこういうことをするのは。
「さてと」
また水色生き物がやって来る可能性も否定出来ない。俺は片膝立ちの姿勢で手を組むと蘇生呪文を唱えた。
「ザオラル」
最初は眠った者を目覚めさせる呪文ザメハから試そうと思ったのだが、何となく祈りたくなったのだ。決してご馳走様でしたとかごめんなさいとかそう言う意味の行動ではない。
(か、勘違いしないでよ。懺悔ってつもりじゃないんだからねっ)
気持ち悪くなってしまったが、他意はない。
「んッ」
「っ」
蘇生確率半分の呪文がきいたのかはたまた気を失っていただけなのか、何処か艶っぽく呻いた女勇者に俺は肩を振るわせると、少女が目を開く様をじっと見守ったのだった。
いつから勇者が男だと思っていた……?
と言うか、一応最初から女勇者の予定だったんですけどね。
男同士だとBLにしか転がらない気がしましたので。
そんな感じで続くのです。