「そして私はこの場にやって来たのであったッ!」
「あのー、もしもし?」
間違った旅の扉に入ってしまったこともあった、カウンター越しに宿屋の主人がこちらを見て声をかけてきている、どちらも些細なこと。
「なんだ、私の名前かッ? 私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」
「は、はぁ……」
だが敢えて名乗っておいた、もちろん自己顕示欲に負けたからではない、これから行う行為が犯罪であるからだ。
「ではなッ、主人ッ」
謎のポーズを決めると後ろ手にドアを開け私はバックで宿屋を営業している祠を後にする。
「とりあえず説明しておこうッ、ここはオリビアの岬ッ! 恋人を思い身を投げた娘の悲しみが未だ消えぬ場所ッ」
誰に向けての説明だという独り言も全ては己を落ち着かせる為だった。
「脱・衣ッ!」
そして私は再び衣服を脱ぎ出すと、覆面一丁の姿で水面に近寄る。
「むッ」
そして、唸った。
(しまった、覆面したままだと口笛吹きにくい)
そう、例によって口笛とモシャスのコンボで内海を渡ろうとしたのだ。
「だが、この程度で『マシュ・ガイアー』は挫けないッ!」
まぁ、この程度で挫けてたら日常生活さえおぼつかないだろうけれど。
「しかし、イカが出ないとはなッ」
誤解ではあっても、約束は約束。
一応昨日戦った魔物が出たなら、お土産にいのちのきのみを持って帰れるかと少し期待していたのだが、私の口笛に誘われて現れたのは見覚えのある半魚人の色違い、そして大きな猛禽。
「良かろうッ! この『マシュ・ガイアー』に挑んだ愚かさを知れッ、バギクロスッ」
私の放った攻撃呪文はあっさりと魔物の群れを殲滅し、モシャスで半魚人に変身すれば目指すは遠くに見える一つの島。
(さてと、まだ生きてると良いけど)
ゲームの通りなら望みは薄い。だが、この世界はゲームそのままではない部分がある。
「希望は捨てないッ、それがこの『マシュ・ガイアー』だッ」
迷いを振り払い、自分を鼓舞するように言い放つと私は意味もなくポーズを取る、ほぼ全裸で。
「フシャァァァッ」
観客は口笛で寄ってきた魔物のみ、こちらも声援に応えるようにバギクロスをぶっ放し、モシャスし直して更に進む。
「到・着ッ!」
ざばあっと水から上がった私は無意味にポーズを取りつつ視線だけを動かして周囲の様子を伺った。
(誰もいない、か。看守ぐらい居ても良さそうだと思ったんだけどなぁ)
ますますもって嫌な予感がする。
(さてと、まずは服は着て)
服と言っても下着とマントに手袋ブーツだけ。
(あー、うん。着替えが少し楽になったと思っておこう)
ちなみにこの格好、ファミコンヴァージョンな勇者の父親をリスペクトした格好でもある。私の趣味とかそう言う訳ではないので間違えないように願いたい。
「行くぞッ! むッ」
気合いと共に島に佇む祠に足を踏み入れると、中は薄暗かった。
「ここは、寂しい、祠の牢獄……」
「むうッ」
階段を下りれば、ユラユラと揺れる炎の様なモノに迎えられ、私は顔をしかめた。
(これはきつい)
ゲーム通りならここには幽閉された人の骸が幾つか転がる牢獄であり、死体は時間の経過と共に腐敗し、臭ってくるのが普通である。
(よくよく考えれば、まだ人の亡骸は見たこと無いんだよなぁ)
私は、精神的な意味合いで自分が耐えられるだろうかと不安を抱かざるを得ない。
(アニマルゾンビとかくさった死体よりはマシだと思うけれど)
ここまで来てしまった以上、進むしかない。何らかの力で死体が動き出した魔物を引き合いに出し心の中で呟き、足を一歩前に踏み出す。
(せめて、誰か一人でも)
生きていて欲しいと私は思う。そもそも此処に急いでやって来たのだって、ゲームでは屍や魂としか対面出来なかった人を救えるのではないかと考えたからなのだ。
(ゲームでの設定が、いずれ勇者が此処に辿り着いた時を想定してるなら)
現時点では生存者が居たって不思議はなく、息を引き取る前の目的の人物と会い、救い出せるかも知れない。
(ま、囚人の脱獄幇助だしなぁ、事情はあるにしても)
わざわざ覆面をしてるのも、趣味ではなく汚れ仕事だからである。
(カンダタにしてもデスストーカーみたいな人型の魔物にしてもやってることは殺人か盗み、誘拐だし)
ファミコン版のオルテガさんについては触れないであげて欲しい。たぶんシャルロットの親父さんは犠牲者なのだから、データ容量節約の。
(って、メタ思考してる場合じゃないな。さっさとやることを済ませよう)
わざわざこんな妙なテンションのキャラを作ってるのだって、徒労に終わるかも知れないと心の何処かで思ってるからなのだ。
「誰か生きている者は居ないかッ、助けに来たぞッ」
一縷の望みを叫びという形で祠の中に響かせれば。
「オォォォ」
「出して、出してくれェ」
「たす、助け……て」
返ってきたのは、想定外の手応え。
(よかった、何とか間に合ったみたいだ)
私はほっと胸をなで下ろしながら遠い目をする。何て言うか、声の聞こえてきたはずの牢の一つから白いモノが突き出していたのだ。世間的には人骨とか呼ばれるシロモノが。
(うーん、ザオリクで生き返るかなぁ、あの人)
少なくとも一つの返事は心霊現象だった模様。まぁ、入り口に人の魂が彷徨ってる時点でこんなオチはお察しである。
(一応試してみて、駄目なら二フラムの呪文で浄化かな)
本来ならモンスターを光の中に消し去る呪文であるが、生憎と死者の魂を浄化するとか成仏させるような呪文の心当たりが私にはないのだ。
(近そうなのは、解呪呪文のシャナクぐらいだけど)
ともあれ、まずすべきは生存者の確認。次に死者蘇生が可能かどうかを検証。
「駄目で元々ッ、この『マシュ・ガイアー』、自重などという言葉は出発前に置いてきたッ」
心霊現象への恐怖を押し隠し、ビシッとポーズを決めた私はそのまま牢獄の奥へと早足で歩き出していた。
自重しない男、遂に脱ぐ。
そしてたどり着いたのはほこらの牢獄。
そう、マシュ・ガイアーの目的はここに幽閉されたとある人物であった。
果たしてザオリクは死者達を救えるのか。
また、変態は脱獄幇助という新たな罪を重ねるのか。
次回、番外編4「シャルロットの判断・前編(勇者視点)」
すみませんが、忙しくて検証データをほこらの牢獄まで進めてないので次回は番外編でお茶を濁します