強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百五十七話「なにこれ」

「くそっ、よりによってこんな時に俺好みの美人と出くわすとはな」

 

 ごろつきが何か言っているような気はしたが、頭には入ってこなかった。

 

(というか、なぜ しゃるろっと が ここ に)

 

 いや、理解は出来ると言うか、エピちゃんのお姉さんの指示で動いてはいるのだろうが、よりによってなんて人選をと叫びたくはあった。

 

(どうする?)

 

 こんな姿を見られる訳にはいかない。

 

(今ならまだ)

 

 シャルロットはこちらに気づいている様子はなく、逃げるという意味ではおそらくはこれが最後の機会だった。

 

(って、逃げる? そうだ、よくよく考えれば誘き出せばいい訳だし)

 

 逃げればごろつきの方が勝手に追いかけてきてくれるだろう。

 

(よしっ)

 

 迷いはなかった。女性に絡むことが前提だけあって数人のごろつきは半包囲状に展開していたものの、俺の逃走を阻むには包囲陣としてお粗末すぎる。

 

「「な」」

 

(さてと、こっちか)

 

 間を抜けた瞬間、ごろつき達の口から驚きの声が上がり、囲みを抜けた俺は敢えて足を一度止め、周囲を見回す。

 

「逃げ……追うぞ! あんなべっぴん逃がしてたまるかぁっ!」

 

「おいお前、目的が――」

 

 逃げ道を探す演技の間にごろつき達も我へ返ったらしく、後ろから聞こえる声でだいたいの距離を把握しつつ、向かう先は指定された場所。

 

(待ってるのは、罠と呪文だったな)

 

 不測の事態が起きた時は、そのまま捕縛に移行出来るようにと言う配慮でもあった。それとは別に誘き出した後、ごろつき達を撒いて逃げる為の退路の存在と場所も聞かされている。

 

(けど、よりによってあそこでシャルロットとか)

 

 聞いてませんよ、エピちゃんのお姉さん。

 

(と言うか、この流れだと元バニーさんもどこかで遭遇する可能性があるってことだよな。ラリホーの呪文ぐらいなら覚えていそうだし)

 

 もう、モシャスの呪文使っちゃ駄目だろうか。

 

(かぎりなく たにん の ふり が したい)

 

 多少走ったぐらいでお化粧とか落ちないと思うけど。

 

(あたし、こんな姿見られたくなぁいぃ……って、何オカマっぽいしゃべり方になってるんだ!)

 

 格好に引っ張られたのか、女性っぽくしなとか作っていたせいか。

 

「待てぇぇぇ!」

 

「逃げられると思うなよっ」

 

「結婚してくれぇぇぇっ!」

 

 しかし、おって の こえ の なか に なんだか りかい に くるしむもの が まじってる のは きのせい だろうか。

 

(落ち着こう。こういう時こそ冷静さが必要なんだ)

 

 今の自分で平静を保てないなら、そう、あの時みたいにすればいい。

 

(自己暗示をかける意味でも出来れば覆面があれば良かったけど、そこは仕方ない)

 

 お化粧はある意味仮面みたいなものよねぇ、だから、あたしは。

 

(そう、説明するわぁっ! あたしの名はジョソ・ウハイヤーっ! 世を忍ぶ仮の姿なのよぉっ! ……って、駄目だこれ)

 

 うん、ましゅ・がいあー みたい に ふっきれれば いろいろ と なんとかなる と おもったんだ。

 

(明らかに無理があるわぁ。「女装は嫌」って本音が透けて浮き出てるし)

 

 マシュ・ガイアーと比べて完成度も低い。

 

(それに、そんなこと考えてる暇ももう無くなったみたいだしなぁ)

 

 現実逃避したくはあったが、俺の中の責任感とか諸々はちゃんと仕事をしていたのだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ようやく、追いついた」

 

「まったく、手こずらせてくれるぜ」

 

 目標地点にさしかかり、疲れた態を装って走る速度を緩め振り向けば、そこにあったのは俺を追ってきたごろつき達の姿。

 

(とりあえず、ここまではクリア、か)

 

 誘き出しに成功した以上、俺が次にすべきことは、ただ待つことだった。

 

(捕まえるだけなら最初に捕まえておけばいい訳だし、わざわざここまで引っ張ってこさせたんだからなぁ)

 

 誘引した目的があるはずであり、与えられた指示でも用意された退路から逃げるのは不測の事態が起こった場合か何かが起こった場合とされていた。

 

「へっへっへ、どうした? 怖くて言葉もでねぇか?」

 

「さて、どうしてやろうか」

 

 ただ、ニヤニヤ笑いながらごろつき達が近寄ってくるというのは、不測の事態とほど遠く、退路を使うことになるのはエピちゃんのお姉さんが言うところの「何か」が起こった後になると思われた。

 

「あ、お前らちょっと待っててくれ、花束買ってくる」

 

 ごろつきの一人が血迷ったことを言い出さなければ。

 

「「は?」」

 

 残りのごろつき達があっけにとられていたが、わからないでもない。

 

(そう言えば、逃げてる最中、幻聴が聞こえてたっけ、「結婚してくれ」とか)

 

 ほんき だったんかい、あれ。

 

「おい、どうするよ?」

 

「どうするよって言われてもなぁ」

 

 ぶっちゃけ、俺も指示を仰ぎたい所だったが、聞くべき相手が居らず、そも、声など出せば女装がバレかねない。

 

「ラリホー」

 

 何処かで誰かが呪文を唱えたのは、まさにそんな時だった。

 

「何? うっ」

 

「ちぃっ、呪文か、まさかこれが旦那の言ってた」

 

「そんな、罠だと? 俺の純情を弄びやがっ」

 

 一人が呪文に眠らされたのか崩れ落ち、他のごろつきが騒ぎ出した直後。

 

「があっ」

 

 上から降ってきた木箱が、眠っていなかったごろつきの一人を直撃する。

 

「な、何だこりゃ」

 

「うおっ、危ねぇっ」

 

 おそらくは、これが「何か」なのだろう。

 

(つまり、後は逃げるだけ、と)

 

 ごろつきは上から降るゴミやら壺、木箱の対応で手一杯で、こちらに構っている余裕はない。

 

「どうした? うおっ、何だこりゃ?」

 

 近くの店から騒ぎを聞きつけて用心棒らしきごろつきが飛び出してきたが、落下物はそのごろつきにも降り注ぎ。

 

(既定路線に戻った、とみていいのかなぁ。それじゃ)

 

 混乱する現場を横目に俺は細い路地へ向けて走り出した。

 




しん ひろいん たんじょう?

次回、第三百五十八話「くりかえし」

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