「お話しはわかりまちた、お師匠様。そう言うことでしたら、すぐにでもロマリアに向かいましょう」
事情を説明するとシャルロットは即座にそう言ってくれた。
「ダーマの時にロマリアの女王様にはお世話になりましたから、今度はこちらの番ですよね?」
言われてみればそういう風にとることも出来るし、カンダタを捕まえられればイエローオーブも手に入ってこちら利もメリットがある。
「そうだな。なら、馬を借りて一刻も早く」
「あ、お師匠様」
関所経由でロマリアへ向かおうかと続けようとしたところで遮られた理由は、サイモンとすれ違った時考えていたことが頭に残っていれば驚くこともない。
「そうか、海路を行く、か」
「はい、船は貸して頂きましたし」
陸路でロマリアを目指した場合、関所を抜けなければ河川か高山に遮られることになるが、関所を抜けるルートでもアルファベットのUの字をひっくり返した逆U字を描くようなルートになる。
「海路なら最短距離とも言えるほぼ直線距離で目的地まで向かえる、そう言った意味では確かに海路の方が早いが」
懸念事項も幾つかある。
「船となれば、風向きや天候にも左右されるぞ?」
オリビアの岬では爆発を起こすイオ系の呪文の爆風で廃船を加速させたが、あれはシャルロットの目がないからこそ出来たこと。
「サイモンがポルトガ王から借りている船は帆船だろう?」
蒸気機関などないこの世界では船の動力も奴隷による人力か、帆を張って風を受ける風力しか存在しなかったように思う。
(借りられた船にオールで漕ぐ船室ってついてたっけ?)
原作の幽霊船には人夫用の部屋もあった気がするけど、借りた船の内部を探索する機会はなかった気がする。
(まぁ、あっても覚えていたか微妙だけれどね)
俺の原作知識はそもそも完璧でなくうろ覚えの所も多いのだ。ともあれ、そうなると船足は風次第と言うことになる。
「威張れたことではないが、船旅の経験はあまりなくてな。今の時期、どちらに向かって風が吹くのか、どれぐらいの強さなのかということを全く知らん」
おそらく、港まで行って船乗りに聞けば話は別だと思うが、そこで今の時期は逆風ですよと言われたらどうするのか。
「風ですか。んー、ボクの呪文で少しぐらいなら何とか出来ますよ?」
「呪文で?」
「はい、イオラの呪文で生じる爆風を上手く調整して帆に当てれば……お師匠様?」
聞き返した俺にシャルロットが提示した答えはまさに驚きだった。
(弟子は師に似るって言うけど)
イオ系呪文を推進力に使う方法などシャルロットには教えていない。攻撃呪文が使えることすら伏せているのだから、当然だ。
(だと言うのに、同じ発想に至るとは)
ただ、俺が呪文で動かしたのは、元々修理が必要な廃船、今回は又借りしているポルトガ王の所有船である。
「それは最後の手段にしておけ」
加減を間違えて船を損壊させたら洒落にならない。
(まぁ、魔物の居る外洋に出る船だから些少の損傷は覚悟しているかも知れないけれど)
流石に原作における幽霊船での戦闘時よろしく甲板で一番強い攻撃呪文をぶちかましたりしても何ともないと言うことはあり得ないだろう。
(と言うか、こっちの幽霊船はどんな感じだったのやら)
少し気になったものの、体験者は先程入れ違いに部屋を出て行った後。
「……ふむ、最終手段を使うかどうかを別にしても、とりあえず港に向かう必要はあるな」
話は聞かねばならないし、陸路の方が早いという自体は余計にかかる距離を鑑みれば、無風以上に状況が拙くなければ起こりえない。
「シャルロット、出られるか」
「はい、お師匠様」
問えば、元気の良い声と共に、シャルロットは脇に転がっていた背負い袋を拾い上げる。ちなみに俺は合流の為この宿屋へ来ただけなので、出立の準備は必要なく。
「しかし、うっかりしていたな。サイモンが帰る前にその辺りのことも聞いておくべきだった」
「あ」
言われて気づいたのか、目と口をまん丸にするシャルロットの前で苦笑するとドアノブへ手をかけた。
「さて、行くぞ。宿の主人には予定を変更して急に立つかも知れないことは伝えてある。入り口を通る時に挨拶をするぐらいで良いはずだ」
後ろのシャルロットへ、告げてから部屋を出れば、宿の入り口で出会った主人の反応は俺の言葉通り。
「いってらっしゃいませ」
と言う声を背に、向かう先はサイモンから又借りで借り受けた船。
「港に着いたら、案内は頼むぞ、シャルロット。生憎、俺はサイモンが借りていた船がどのような船かを知らん」
一応、港で船乗りに聞くという手もあるが、ここはシャルロットを頼るべきだろう。そもそもシャルロットがサイモンに会いに行った理由が船を借りる為なのだから、船の目印くらいは聞いていると思うし。
(国王所有の船だった気がするし、ポルトガ国の紋章とかが帆に描かれてたりするのかな)
まだ見ぬ船にちょっぴり期待してしまうのは、原作で勇者達が乗っていた船だからか。
(俺も存外ミーハーだったみたいだ)
顔には出さず苦笑しながら歩くこと暫し。
「あっ、お師匠様、あれです。あの船です」
「ほう」
シャルロットが示した船に俺は感嘆の声を漏らした。
次回、第三百七十四話「で、海路を選択したら幽霊船とばったりとかないよね?」