強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百七十五話「私が船長です」

「ああ、船長でしたら船長室にはいませんぜ? 出航も近づいて来やしたし、甲板だと思いまさぁ」

 

 きっと、悪気はないと思う。船室の方へと降りていった俺が声をかけた三人目の答えは、まさかのすれ違いを知らせるもので、結果階段を再び上り直すことになったのは、言うまでもない。

 

(救いがあるとしたら、副船長に会えたことかな)

 

 船乗りの骨のことを伝えると感謝もされたが、あれはもう二度と幽霊船と遭遇せずに済むというものなのか、それとも真逆でいつでも幽霊船へ向かえるという意味合いだったのか。

 

(たぶん前者だと思うけど)

 

 幽霊船の財宝はおそらく勇者サイモンと当時行動を共にしていたシャルロットの仲間達が回収している。誰かが補充でもしない限りもうあの船に存在するのは死霊と彷徨うモンスターぐらいの筈だ。

 

(原作でうろうろしてた財宝目的の戦士だって、得られるモノがもう無いと解ればあそこに留まる理由は皆無な訳だし)

 

 ともあれ、使用方法まで説明したのだから、ロマリアへ向かう途中で幽霊船と鉢合わせることはないと思う。

 

(積み込み作業も順調……と言うか、目的地が比較的近場のロマリアだからなぁ)

 

 食料などの必需品も大した量はいらない。これが、乗船してあまり経っていないのに出港が近づいている理由の一つでもある。

 

「さて、ようやく甲板か」

 

 四角く切り取られた青空に向かって階段を上った俺は、降り注ぐ陽光との再会に顔をしかめつつ片手を目の前にかざし。

 

「おう、兄ちゃん船長には会えたかい?」

 

 先程金貨を渡したからか、陽光に気をとられた俺へ声をかけてきたのは、先程船縁で会話した船員だった。

 

「いや、入れ違いだったらしい。副船長とは話が出来たんだがな」

 

「そうかい。まぁ、この船階段は船首側だけじゃねぇしな、多分船長はあっちの階段から……おっ」

 

「どうした?」

 

 問いかけつつも、視線を一点に留めた船員の様子に視線を追った時点で答えなど不要だったかも知れない。

 

「舵輪の前に立ってる白髪の爺さんが見えるか」

 

「ああ。だが、だいたい分かった」

 

 ゲームだったかアニメだったかは解らない、ただ、何かで船長の頭に必ずと言っていい程鎮座していたソレ、二角帽と言ったような気もする帽子が、全力で語っていたのだ。

 

「私が船長です」

 

 と。

 

「おう、良くわからねぇが分かったならいいぜ。ま、見ての通り、うちの船長は一見するとただの爺さんに見えるかも知れねぇが、実はルーラって呪文が使える魔法使いでな」

 

「ほう」

 

 考えて見れば、この船は王の所有物。遭難への備えはそれなりにしてあると思っていたが、船長が魔法使いというのは想定外だった。

 

「お、その反応はルーラがどんな呪文か知ってる口だな。なら、話が早ぇ」

 

「まぁ、これでも色々旅をしてきているし、その呪文の恩恵に与ったことも数知れないからな。あの呪文が使えるとなれば、遭難したとしても呪文による帰還が見込める」

 

「それにな、魔物に襲われて沈没しかけたとしても、呪文がありゃ逃げられるだろ? つくづくこの船の船員で良かったと思うぜ」

 

 船員はどことなく誇らしげでもあったが、これも当然だろう。

 

(うーん、原作で全滅してお城に戻されちゃった時、船が着いてくるのもひょっとしたら船長が勇者一行を追いかけてルーラの呪文を使ってたからだったっとか? まぁ、それはさておき)

 

 原作の真実はどうあれ、目的の人物が見つかったのだから挨拶してくるべきだろう。

 

「失礼、この船の船長で良いか?」

 

「ええ、私が船長です。何か御用ですかな?」

 

 船員に別れを告げ、歩み寄った俺の確認を首肯して見せた老人は、逞しい体つきの者が多い船員と比べるとほっそりしていて、同時に温厚そうだった。

 

「わざわざご挨拶に来て下さるとは……申し訳ありません。本来ならこちらから整列してご挨拶に伺うべき所を」

 

 用件を伝えると恐縮する辺りも腰が低いというか何というか。

 

「いや、明らかにこちらが世話になる訳だからな、挨拶はこちらから出向いて当然だろう?」

 

「何を仰います。勇者サイモン様よりお話は伺っております。あの魔王バラモスを倒す為旅をしていらっしゃるのでしょう? この海も魔物が増えて、我々船乗りも苦労しております。私もこの船を任されて居らねば旅にお供させて頂きたいぐらいでしてな。我らの為、尽くして下さるサイモン様、シャルロット様、クシナタ様、そして命を賭してバラモスに挑もうとなされた故オルテガ様には頭が下がる思いなのです」

 

「……そうか」

 

 少なくともいい人であることと、勇者達に感謝の念を抱いていることは疑いようもなさそうだった。

 

「しかも、サイモン様に続き、シャルロット様にまでこの船に乗って頂けるとは。先程シャルロット様にはお会い致しましたが、船室のことであればお任せ下さい。宿の特上スイートルームに劣らぬ一室をご用意させて頂きます」

 

「いや、ちょっと待」

 

「はっはっは、ご遠慮なさいますな。突貫で壁は防音仕様に改造しておきますからな。どうぞご存分に」

 

 いや、ごぞんぶん に って なに を しろ と いう のですか。

 

(これは、あれだよね)

 

 とりあえず、シャルロットを探し出してOHANASIする必要はあると思う。

 

(あと、この船長の誤解は解かないと)

 

 何処か遠くなる視線の先、空は目が痛くなる程青かった。

 




シャルロット「えっと、仲間と今後の予定について話し合うこともあるかも知れないんです。それが、漏れてバラモスの耳に入るといけないので、念のため壁を防音加工することって出来ますか?」

船長「いいですとも」

 そんなやりとりがあったかは不明。

次回、第三百七十六話「ロマリア到着」

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