「ではお気を付けて。ご武運をお祈りしておりますぞ」
「はい、船長さんもありがとうございまちたっ」
船室で着替え、上陸用の小舟に乗り換える俺達を船縁から見送る船長へシャルロットが手を振って応じる。何だか噛んだような気がしたのは、きっと小舟が揺れたからだ、うん。
(そう言えば原作でも海岸のすぐ隣がお城じゃなかったっけ)
船とは反対側に向き直ると、海岸の先に灌木か草か茂る植物に覆われた地面が続いていた。アリアハンから誘いの洞窟を通った先の出口もおそらくは茂みの中に埋もれているのだろう。
(で、船から見た街と城はその先にある草原の中かぁ)
聖水の効果は残っているので魔物との遭遇はないと思うし、借りに遭遇しても、武器はそのままなので撃退することも殲滅することも容易い。
「とりあえず、注意する点があるとすればロマリア側の出口、か」
「出口? 出口がどうかしたんですか、お師匠様?」
「ああ、少々気になってな」
ポツリと呟けば、耳ざとく拾ったのか尋ねてくるシャルロットへ俺は説明する。
「カンダタは金の冠を盗み出した罪人であり、王冠は奪還されたが、当人が捕縛された訳ではない、つまり未だお尋ね者な訳だが、そんな状態でいきなりロマリアの城下町に入れると思うか?」
カンダタからすれば、自分を追ってきて打ち負かした相手も居たのだ。冠に対する執着の一端は思い知ったことだろう。
「冠は幸いにもロマリアに戻った。だが、一度盗まれるという失態をおかして警備態勢をそのままにしておくとは考えにくい。追っ手をかけてまで奪還した冠を再び奪われない為にも、後ろ暗い者が侵入し辛くなるようにしている筈だ。カンダタが捕らえられている訳ではないのだからな」
カンダタがただの馬鹿でなければ、これぐらいは予想すると思う。
「故に、俺なら適当な場所に潜伏して侵入する前に様子を探る。で、だ……このロマリアに一番近く身を隠せそうな場所となると」
「アリアハンからこのロマリアに続く洞窟の出口が一番有力ということでつね?」
「ああ。勿論、これは仮説の一つだ。厄介なことに俺はカンダタとやらの素顔を知らん。覆面と一つになったマントにパンツ一丁もしくは肌の上に薄いタイツの様なものを着込んでいた、という情報は得たが……」
覆面にしろ変態装備一式にしろ着替えてしまえばどうにでもなる。俺はシャルロットに頷きを返すと、変装して城下町へ既に潜入している可能性を挙げる。
「後者、既に変装して潜入してるなら問題ない。だが」
「洞窟からロマリアを伺っているなら、船で現れたボク達がロマリアへ入って行くのを見られるかもしれないですね」
「そう言うことだ。変装してから上陸としたのもそこに理由がある。それと、ここからは念の為お忍びの名前で呼び合うぞ。俺のことはオシバナさんもしくはオシバナと呼べ」
シャルロットへ肯定を返し要求した呼び名は、うっかりシャルロットがお師匠様と呼びかけてもフォロー可能であると言う点を考慮して考えたものだ。
「はい、わかりました。お師……ばな様」
「ふっ、そろそろ上陸だ。シャル、揺れに気をつけろ」
一応小舟の回収に漕ぎ手の水夫が一人付いているので浅瀬に乗り上げるといったミスはないだろうが、呼び名になれることを兼ねて忠告し。
「旦那、着きやしたぜ?」
「ああ、お前にも世話になったな。船長によろしく頼む」
「へい、旦那方もお達者で」
小舟を下りて漕ぎ手に別れを告げれば、いよいよここからがロマリア半島の旅だ。
「さて……行くか、シャル」
「はい、おしばな様」
歩き出す靴音が二つ。聖水の効果で魔物の気配は周囲にない。
(しっかし、「おしばな」かぁ)
ただ、今更ながらにもっと良い名前はなかったのかなと少しだけ思う。
(「お」と「し」の二文字が付く単語とか名前、何て限定すると意外と思いつかないモノだってのは分かってるけどさ)
ちなみに、第一候補は全力で下ネタ一直線だったので没にした。
(一生その名前にされちゃうからなぁ、この世界じゃ)
下品な名前を名乗ろうとすると命名神の怒りに触れる。それは、原作だった頃にあった話だ。
「ふぅ」
「どうしたんですか、おしばな様?」
「いや、ちょっと考え事をな……ん?」
突っ込まれたら答えに困る手の愚にも付かないものだったので、俺は苦笑しつつ肩をすくめると、茂みの一点に目を留めた。
「デジャヴ……と言うのもあれだが」
あったのは、倒れ伏した人影。着ているものは黒い覆面着きのローブ。
「モンスター、ですよね?」
「あ、ああ」
ナジミの塔で見かけたのが随分昔に思えるその魔物を見てどうしようと顔を見合わせた時だった。
「おーい! おーい、そこの人ぉ」
「っ、今度は何――」
後方から誰かの呼ぶ声がして、声の方を振り向いた俺は。
「は?」
次の瞬間、目を疑った。
「何か食べ物を恵んでくれねぇか? 実は荷物を預けた旅の仲間とはぐれちまって。なぁ、良いだろ? な! な!」
見たことのない男ではある。ただ、旅人用の服を内側から破裂させようとするかの如き筋肉が、ただ者ではないと俺に全力で訴えかけていたのだ。
(と いうか、 たかい かくりつ で こいつ が かんだた の ような き が するのですが)
一応、偶然と言うこともある。この世界のあらくれものは原作では筋骨隆々の大男として描かれていたから。
「どうする? シャル?」
何だか「いいえ」と答えたら延々とループで食い物を強請られそうなお願いの答えを俺はシャルロットに委ね。
「んー、まぁ困った時はお互い様って言いますし」
「あ、あぁそうだな」
人の良いシャルロットの選択に苦笑する。
「ありがてぇ! あんたらいい奴だな。そうだ、世話になった礼をしねぇと! こう見えても腕っ節には自信があるんだぜ、仲間と合流もしてぇし、見たとこ目的地はあそこだろ? 用心棒をさせてくれよ」
「どうします? おしばな様?」
「ふむ」
逆に判断を委ねられる形になった俺はとりあえず唸った。
(カンダタも何らかの形でロマリアに潜入はするとは思ってたけど、これって俺達に潜入しようとしてるような)
おそらくはこちらを隠れ蓑に堂々とロマリアに入るつもりだろう。
(考え様によっては、今こそカンダタを捕らえるチャンスなんじゃないかな、これ)
ただ、あからさまに怪しくはあるが、人違いで普通の旅人でしたと言うオチもコンマ何%位は存在すると思う。
「そうだな、まずその前に自己紹介が先ではないか? 俺はお前の名前を知らんしな。それから――」
一旦言葉を句切って、視線を倒れ伏した黒ローブにやる。
「あれの確認が先だ。死んだフリをした魔物だったら拙い」
もう一つ、嫌な想像も思い浮かんだが敢えて口には出さず、俺は倒れた人影へと歩み寄った。
・途中でうっかりやりかけたネタ
歩き出す靴音が二つ。聖水こ効果で魔物の気配は周囲にない。
(なんだろう、こういう状況になると無性にあれがしたくなる)
遮る者がないからか、敵が出ないからか。全力で駆け出し、地を蹴って飛ぶのだ。
「俺達の旅はまだ始まったばかりだ!」
主人公の勘違いが世界を救うと信じて! ご愛読ありがとうございました。
冗談はさておき。
次回、第三百七十八話「カンダタ疑惑とまほうつかい」