(しかし、暗いなぁ)
入り口には魂のぼんやりとした明かりがあったものの、少し進めば殆ど意味を為さなくなっていた。
「オォォォォ」
「出せ、出せェ」
自分の足音とネズミの鳴き声、それに何処かから聞こえてくる声。
(と言うか、怖いわっ!)
心霊現象なのか生存者の声なのかの確認は急務だけど私にホラー耐性はない。
「だがッ、この『マシュガイアー』にはこれがあるッ」
掲げるたいまつと己を偽り高めたテンションで帰りたい気持ちを抑え込み、脇道をスルーして真っ直ぐ伸びた通路を奥へと進む。
(重要な人物ほどそう言うところに収監しておくモノだろうし……あ)
そして、辿り着いたのはT字路だった。
「ふむッ……」
左右の通路を比べると右側の通路がほんのり明るく、誰かの声が聞こえるような気がして、胸中で落胆する。
(はぁ、ここはゲームの通りか)
おそらく目的の人物、勇者サイモンはもう生きていない。他の場所に明かりがついていないというのに一カ所だけ明るいというのは、入り口同様炎の様に揺れる魂が光源に違いない。
(とはいうものの、一応確認しておかないとな)
ゲームの時と比べてこの牢獄も広い気がする。魂の状態で彷徨っている別の誰かだったという可能性だって0では無いとも思うのだ、何より――。
「希望は捨てないッ、それがこの『マシュ・ガイアー』だッ」
謎のポーズを決めつつ、たいまつを火の消えた燭台に近づけ明かりを灯すと、まず明るかった方へと私は歩き出した。
「確認せねばなるまいッ、アバカムッ、アバカムッ」
「私はサイモンの魂。私のしか」
「更にアバカムッ!」
目に付く鉄格子を手当たり次第に解錠呪文で開けて行く。途中の牢の中にいた魂が何か言っていたがまずはスルーする。
「牢の開放完了ッ、続いてフェーズ2に移行するッ」
傍目から見れば謎のテンションだろうが、次に行うのは中にいる者達の生存確認。酷い状態の遺体と対面する可能性を踏まえると、虚勢だろうと張っておく必要があった。
「誰か生きている者は居ないかッ、助けに来たぞッ」
本日二度目の問いかけに、牢の奥やベッドの上で転がる「それら」は何の反応も見せなかった。
「むうッ」
所謂、返事がないただの屍のようだと言った反応はある意味分かり切っていたモノでもある。
(看守が居ないってことは囚人の世話をする人間が居ないってことでもあるからな)
この分だと返ってきた反応全てが心霊現象だった可能性も否めない。
「だがッ、私は諦めないッ! ザオリクッ」
もしここで諦めてしまっては、わざわざ許可を得て行った単独行動がただのアイテム回収に終わってしまう。私は祈りを込めて蘇生呪文を唱えた。
(だいたい、この状況を見て放っておけるわけなんて……)
蘇生してくれることを願い、じっと見続ける骸の横に文字が刻まれていたことに気づいたのは、ただの偶然。
(あるはずが無いッ、今の私は『マシュ・ガイアー』なのだからッ)
たいまつの明かりに照らし出された横倒しの文字は恨み言での類ではなく家族へ向けた詫びの言葉をみた私は、いつしか自分の作り上げた存在に引っ張られ始めていた。
「詫びならば自分の口で言いに行くがいいッ! ザオリクッ」
先程とは違って今度は相手に呼びかけながら、もう一度。
(くッ、効果なし……かッ)
二度施行したが、何も起こらない。
(まぁ、これで蘇生出来るならゲームでも生き返らせて回ってるがッ)
ゲームであれば死亡した味方を100%蘇生させる呪文も、万能にあらずと言うことなのか。
(けど、本当に無理なのかな?)
何か手があるのではないかと、心の何処かが問うてくる。
「考えろッ、考えるんだッ」
何故なら『マシュ・ガイアー』は希望を捨てないから。
(どうすれば蘇生させられるか、かぁ)
普通に唱えるのは駄目だった、呼びかけながらでも駄目だった。だが、考えたお陰かまだ試していない幾つかのアイデアも思いついていて。
「うむッ、手当たり次第に試すのみッ!」
力強く頷いた私は、神をも恐れぬ実験を開始する。
「合・体ッ!」
まずは一つ吼えて、骸を背負い、そのまま来た道を引き返す。
「ここは、寂」
「お邪魔しましたッ」
とりあえず、入り口の魂に挨拶は忘れず外に飛び出した私は右手を覆面の中に突っ込むと、勢いよく口笛を吹く。
「ゲコッ」
「さぁ、来るがいいッ」
現れた青いカエルの魔物ことポイズントードへ向けてファイティングポーズを取りながら、唱える呪文は決まっていた。
「ザオリクッ」
戦闘中だけ蘇生魔法と同じ効果を発揮する杖がこの世界にはある、またパーティー内でのザオリク行使に失敗はない。
「ならば、戦闘に巻き込んでしまえば同じパーティッ!」
無茶苦茶な理論と言うかもしれない、だが。
「敢えて言っておくッ、この『マシュ・ガイアー』に無茶苦茶は褒め言葉だッ」
叫びながら覆面の下で口が笑みの形を作る。精神的な疲労を覚えると同時に背中の骸が急に重くなり始めたのだから。
「遅いッ」
もっとも、その程度の加重でこちらに伸びてきた毒カエルの舌をかわし損ねるはずもない。やみのころもの持つ力にも助けられポイズントードの舌は空を薙ぎ。
「協力には感謝しようッ。そしてさようならだッ、イオラッ」
私の呪文によって生じた爆発がカエルの魔物を消し飛ばす。
(けど、本当に良かった)
ただ純粋に誰かを救えたことを喜ぶ気持ちと。
(まあ、ここからが本当の地獄だろうけど)
この先に待って居るであろう救出作業の量に覆面の内で引きつる顔。
(しかし、本当にザオリクが効くとはなぁ)
ただ、この結果は正直に言うと嬉しい予想外であり、次の想定外の切欠だった。
まさかの蘇生成功に喜ぶマシュ・ガイアー。
だが、この時彼はまだ失念していた。
再びほこらの牢獄へと入っていったかの人はやがて知ることとなる。
己の行動がもたらした結果を。
次回、第三十七話「勇者サイモン」。
二人目の勇者との出会いは、変態に何をもたらすというのか――。