強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百八十四話「で、結局この変態どうするよ?」

「おしばな様ぁ」

 

 待ち望んだ少女の姿が見えるまでに何度悲鳴を聞いただろうか。ぶら下げた変態はいつの間にかぐったりしていたが、息はあるので大丈夫だと思う。

 

「そちらは、なんとかなった様だな?」

 

「はい、物盗りに襲われて気絶していた所に通りかかったと話して、あの人は預かって貰いました。少しですけどお金も渡してありまつ」

 

 若干噛んだところはいつも通りだが、不幸にもあの変態へ襲われ、旅人の服をピチピチされた男は無事保護して貰えたらしい。

 

「そうか、こっちもオーブは手に入れた」

 

 これでもうロマリアに立ち寄る理由はない。カンダタが部下の救出を試みようとしたことは報告しておくべきかとも思ったが、ロマリアに潜入しようとしたカンダタ当人が現状で使い物にならないのだから、報告自体は後日、手紙の形で充分だろう。

 

(そもそも当人の前で色々話すのは拙いからなぁ、気絶したふりをして聞き耳立てている可能性だってゼロじゃないし)

 

 オーブに関しては直接所在を尋ねてしまっているので今更だが、それ以上の情報をくれてやる理由は皆無だ。

 

「よって、ここからは予定通りに行こう。流石に徒歩だと面倒だからな。シャル、頼めるか?」

 

「あ、はい。……ルーラっ」

 

 承諾するなりシャルロットが詠唱し始めた呪文が完成すると、俺達の身体は空へと飛び上がり。

 

「あ」

 

「どうしました、おし……ばな様?」

 

「いや、アレの着地について失念していてな」

 

 シャルロットに問われると、手にしたロープの先に居る変態を示した。

 

「万が一逃げると拙いと思って縛ったままだったからな」

 

 一応着地の瞬間に引っ張り上げ、衝撃を緩和することは出来ると思う。

 

(うん。思うけど、まず間違いなくロープが食い込むよなぁ)

 

 バハラタに到着早々、町の前で上がる汚い悲鳴。目立つこと請け合いだ。

 

「ええと、それじゃ空にいる内に薬草を使っておきましょう。傷がある程度癒えていれば、衝撃で命を落とすことはないと思いまつし」

 

 そんな俺の危惧を何処まで理解したのか、シャルロットは袋を漁り始め。

 

「これぐらいあればいいかな、じゃあボクは」

 

「待て」

 

 幾つかの薬草を手にロープを手繰ろうとしたところで制止する。

 

「手当は俺がしよう。年頃の娘にそんな事をさせる訳にはいかんからな」

 

 別にシャルロットから手当てされるのが、羨ましいと思ったからではない。カンダタに悲鳴をあげさせるのが楽しくなってきたとか、そう言う腐った趣向に目覚めたからでもない。シャルロットのお袋さんと約束したのだ、シャルロットは守ると。

 

(まぁ、まさかこういう守られ方をしてるとはあのお袋さんも思ってないだろうけれど)

 

 ぶっちゃけ、俺だってこんな事をする日が来るとか、想像さえしていなかった。だが、俺がやらねば、シャルロットがしてしまうだろう。

 

「とりあえず、薬草をこっちにくれ」

 

 片手でロープを手繰ると、もう一方の手をシャルロットに向けて差し出し。

 

(はぁ……一度ならず二度までも……何でこんな事しなきゃいけないのやら)

 

 顔には出さず密かに嘆息する。

 

「シャル、あと要らない棒状のモノはないか?」

 

「棒状の? ちょっと探してみまつ」

 

 直接塗るのは抵抗を覚え、振り返れば、シャルロットが再び袋をまさぐり出す。

 

(しっかし、回復呪文が使えれば、こんな手間は不要なんだけどなぁ)

 

 今俺達が空を飛べているのは、シャルロットの唱えたルーラの呪文のおかげ。一つの呪文を制御しているシャルロットには追加で呪文の行使など出来ず、俺はシャルロット達の目があることも一つの理由で回復呪文が使えない。

 

(……割り切るしかないか)

 

 その後、自分が何をしたかは思い出したくない。ただ、シャルロットのお陰で手袋を廃棄処分するハメには陥らず、バハラタの町につき。

 

「んぎぇぇぇぇっ」

 

 縛られたままで着地もままならない変態が吼えたことだけは事実だった。

 

「なんだ、今のは?」

 

「おい、どうした、怪我人か?」

 

 汚い悲鳴を聞きつけたのだろう、町の入り口に立つ俺達の元に集まってくるのは町の人々。

 

「……おし、ばな様の言うとおりになっちゃいましたね」

 

「是非もあるまい、ただ、な」

 

 何とも言えない表情のシャルロットに肩をすくめた俺は、集まりだした野次馬の一点を示す。

 

「あ」

 

「……何の騒ぎかと思えば、あなた達だったとはね」

 

 バハラタで準備をしていてくれることを知っていた俺だからこそ、シャルロットより一足早く気づけたのだ。

 

「まぁ、色々あってな。少し、話は出来るか? 幾つか相談したいことがある」

 

 例えば、縛った変態の処遇とか、このあとの予定とか。

 

「相談? もちろんいいぴょんよ?」

 

 忘れていたのか、最初の一言だったからか、遊び人仕様に戻ったカナメさんは申し出を快諾してくれ。

 

「お久しぶり……は、違いまつね。ええと、また会いましたね?」

 

「そうぴょんね。こんにちはでも良いかもしれないぴょん」

 

 我に返ったシャルロットと挨拶を交わす姿。

 

「とりあえず、再会の挨拶はそこまでだ。この視覚的暴力な荷物で野次馬の目を潰すのは本意でないしな」

 

 ただ、このまま街の入り口で話し込む訳にも行かない。縛られたカンダタを持ち上げて示すと、俺は二人に言うなり歩き出した。

 

 




そして、いよいよ航海に出るのか、主人公。

あれ、カンダタは?

次回、第三百八十五話「原作より立ち寄る回数遙かに多いよね、バハラタ」

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