強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百八十八話「出航」

「まぁ、酷い話だったな」

 

 ことの起こりはシャルロットが仏心を出したことに始まったらしい。

 

(尻に、ホイミを……ねぇ)

 

 直接触るのが嫌だったのか、薬草を使うには縄が邪魔になるからかはかけた当人しか知らない。ともあれ、縛られた変態(カンダタ)からすれば、この回復呪文は地獄に仏だった。

 

(いや、まぁそこまでは良かったんだけどね)

 

 問題は、尻が床に触れないようカンダタが俯せに横たわっていたことだ。シャルロットはホイミをかけた後、尋ねてきた魔法使いのお姉さん達に伝言を頼まれ見張りを二人と交代して部屋を出た。

 

(俯せになっていた上、痛みに気をとられてシャルロットの退室に気づかなかったとか)

 

 その結果、近寄ってきた魔法使いのお姉さんをシャルロットと勘違いしたあの変態は尻を突き出して叫んだのだ。

 

「もう一度しでぐれーっ」

 

 と。

 

(回復呪文をかけて欲しかったんだろうけど、蹴って、転がして、ひたすら踏んだ魔法使いのお姉さんは責められないよなぁ)

 

 すれちがい が うんだ ふこう な じこ だった のだ。 

 

「まぁ、何だかんだ有りつつも、無事出航にこぎ着けたのは重畳だったが」

 

 回想から立ち戻った俺は船縁で遠ざかって行く陸地を眺め、呟く。

 

「世界樹の事も話した、葉がどれぐらい集まるかは、あの集落でどれだけ協力を得られるか次第だが」

 

 こうして船上の人となったからには、お姉さん達の成功の祈るのみだ。

 

「大丈夫ですよ、サラ達ならきっと。だから、ボク達も――」

 

「ああ。そうだったな……」

 

 背中へ投げられた声に振り返ると、そこにいたシャルロットへ頷きを返し。

 

「アランとミリー、二人を強くする為あの二人が尽力しているんだ。俺達も早くブルーオーブを入手し、オーブを揃えなくてはな」

 

 バハラタのある陸地へ背を向け、俺は進行方向へと目をやる。

 

「あの二人が上手くやれば、オーブが集まる頃には、賢者二人もお前と肩を並べて戦える程度には強くなっているだろう」

 

 となれば、バラモスとの決戦を躊躇する理由はない、ただ。

 

「まぁ、マリクの成長状況次第では寄り道することも考えねばならんが」

 

 おろちの婿が完成した場合と言うケースを除いて。

 

「もっとも、今考えても仕方ないことではあるか」

 

 一人の修行の出来に気をとられ立ち止まる訳にはいかなかった。俺達は俺達でやることもあるのだから。

 

「そうでつね。……ところでお師匠様、地球のへそですけれど、どんなところなんですか?」

 

「ふむ、そうだな。最深部には仮面の様なモノが定間隔で飾られた通路があり、通りかかったモノへ引き返せと呼びかけるらしい。そう言った効果のかかった魔法の仮面なのか。壁の向こうに人間が居て声をかけてるのかは知らんがな。あと、内部に設置されている宝箱には魔物の扮したものが混じって居るとも聞く」

 

 ミミックだったか人食い箱だったかまでは覚えがないが、シャルロットが引っかかる確率を下げる為、敢えて不完全な知識ながら、内部の宝箱状況について触れ。

 

「く、詳しいですね」

 

「洞窟があると探検してみたいと思う冒険家は少なくないらしくてな。おそらく財宝狙いの者も含まれては居るのだろうが……だいたいそんな感じではあるらしい。インパスの呪文で中身を確認出来れば少しは安全に探索出来るとは思うものの……無い物ねだりだな」

 

 ミリーか元僧侶のオッサンが強くなっていれば、別の選択肢もあったかも知れないけれど。

 

「とは言え、安置されていると言うからにはオーブが眠るのは宝箱の中だろう。入り口周辺の箱に入っているとは思いがたい」

 

 うろ覚えなのもあるが、あまり詳しすぎると訝しまれる気もして、シャルロットに出来る助言はこの辺りが精一杯だった。

 

(当初の予定通り隠れてついて行くのも一つの手だしなぁ)

 

 ただ、密かについていった場合、戦いに介入出来るのは緊急時のみと言う制約がかかってしまう。

 

(一応、通りすがりの探索者に変装して戦いに加勢するって方法もあるんだけど、直接出るのは正体がばれるリスクが高くなるし)

 

 隠れてフォローするのも意外と難しい。

 

(魔物にモシャスの呪文で変身して加勢する……のもないな)

 

 制限時間がある上、能力は見本になった相手へ引っ張られるので、大きく弱体化する。

 

「お師匠様、どうされました?」

 

「ん? すまんな、少し考え事をしていた。現地に着けば考える時間はいくらでもあるというのにな」

 

 シャルロットへ声をかけられて我に返った俺は苦笑すると、肩をすくめた。

 

(潜入中に影武者してくれるクシナタ隊のお姉さんとも話をしておきたいと思ったけど、これじゃ暫くは無理だなぁ)

 

 一人になれそうなのは着替えと用を足す時ぐらいだが、何故だろうそう言ったタイミングを接触に利用しようとすると、まるで狙い澄ましたが如くハプニングに見舞われそうな気がするのは。

 

(気のせい、だと思いたい)

 

 だが、一笑に付すには明確すぎる不安要素が有ったのだ。船室が、一つであることとか。

 

 




踏んだ方と踏まれた方、どっちにとってより災難だったのやら。

次回、第三百八十九話「ランシール」

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