強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百九十話「あらぁ?」

「なぜ かんぱん に?」

 

 口に出してツッコミ出来るとしたら、きっと俺はそう言っていたと思う。

 

(影武者やる為にこっそり乗り込んだってのは、聞いてたし、そう言う意味ではおかしいところはないけどさ)

 

 何故、下にある人目につきにくい船倉の樽じゃなくて、一歩間違えばすぐに船員に見つかってしまうような甲板に置かれた樽に隠れてるんですか。

 

(……船員に見つかったらどうするかとかまで考えておくべきだったのかなぁ)

 

 想定外の事態の連続に航海しながら後悔するという機会を得たが、ダジャレの様な状況に至ったから何だと言うのだろう。

 

(戯ける? 戯ければ良いのかな? 「航海で後悔しちゃったZE」とか)

 

 現実逃避以外の何ものでもないのはわかっている。

 

(と、とにかく樽のお姉さんのことは一旦置いておいて、まず最初にすべきはシャルロットの説得だ)

 

 女の子の着替えを見た何て事になったら、社会的に抹殺されてしまう。

 

「シャルロット、あの一件に関しては出立の準備の手伝いやら何やらをその後で手伝って貰っただろう」

 

 俺は記憶を必死に掘り起こし、思い出した着替えを覗いたお詫びが要らない理由を武器に主張した。

 

「そ、それはそうでつけど」

 

 シャルロットは異論ありげだったが、事実は事実。それなりの効果はあったらしい。

 

(何としてでも納得して貰わないと、俺の社会的地位どころか、有らぬ噂が広がっちゃったら、いろんな方面で詰む)

 

 シャルロットには手を出すなそれくらいならこいつに手を出せとせくしーぎゃるな女戦士を押しつけてきたアリアハンの国王、一度は誤解から俺がシャルロットに手を出したと疑ったシャルロットを除く勇者一行。

 

(ポルトガのお忍び休暇は誤解だったし、その誤解も解けたけど)

 

 ここで流されてしまって、自分の前でシャルロットが着替えをするようになったら、どうなるか。

 

(まず、アリアハンの国王は今度こそ女戦士を押しつけてくるよなぁ)

 

 あれは、こちらを試す為だったと思うが、魔王を倒しても居ないのに勇者が師匠を名乗る男と同じ部屋の中で服を脱いでいたとか悪意のある伝わり方でもした日には、プラスαで勇者一行としての動向資格まで剥奪されてもおかしくないと思う。

 

(しかも、それだけじゃ済まない)

 

 国王に伝わるなら、シャルロットのおふくろさんにも伝わるだろう。

 

(かんぜん に あと には ひけない じゃないですか やだー)

 

 最初から退く気など無かった、無かったが今振り返るといろんな意味で明確なデッドラインが見えそうな気がする。

 

(何かないか、もう一押し出来そうな、何かは)

 

 だから、必死に記憶を引っかき回し、探した。シャルロットの決意を揺らがせることができそうなモノを。

 

(ん? ひょっとしてあれなら――)

 

 そして、引っかかったのは、割と最近の記憶。

 

(大丈夫、これまでのシャルロットの反応を見る限り――)

 

 これならいけると断じた俺は、再び、口を開く。

 

「シャルロット……俺を信用してくれると言うのなら、それはありがたく思う。だが、敢えてやめておいた方が良い」

 

「お師匠様?」

 

「あまり世界のこういう一面を教えたくはないのだがな。世界には人の秘密を曝き、面白おかしくねじ曲げて伝える輩が居るのだ」

 

 こちらの言葉に疑問の眼差しを向けてくるシャルロットへと俺が挙げたのは、現実の方のゴシップ誌とかそう言う類のものであり、ポルトガで呪われたカップルのことを興味本位で探していた男の親戚のようなものだった。

 

「お前がバラモスを倒せば、世界の人々はお前に興味を持つだろう。世界を救った英雄とはどんな人物なのか、とな」

 

 そして、この疑問に応えることはおそらく大きな利益を生む。

 

「この時、真っ当に答える者が全てではない。そもそも、まともに答えれば人に伝わる英雄像とは判で押したように同じモノになってしまい、その他大勢に埋没してしまう」

 

 この時、真っ当な者なら、人目を引くには他の者が持たないシャルロットの情報を持ってくるしかない。

 

「だが、中には嘘をでっち上げて人目を引こうとする者も現れる。そんな輩が嘘のつもりで俺とお前が人に言えないようないかがわしいことをしているなどと吹聴した時、同じ部屋で着替えをするようになっていたら、そうなると思う?」

 

「え? あ」

 

「……わかっただろう? 『同じ部屋で着替えてるだけ』と答えるのも抵抗がある、かと言って言葉に詰まれば、でっち上げの嘘を『本当です』と言ってしまったように、語るに落ちたように外からは見える」

 

 と言うか、馬鹿正直に答えたらそれこそ食いついてくるのではないだろうか。

 

(とりあえず、これでシャルロットの方は何とかなるかな)

 

 この世界にマスコミが存在するかはわからない。だが、様々な事柄を旋律に乗せて歌い上げる詩人は確実に存在している。あと、腐った妄想を物語に書き起こす僧侶も。

 

「魔物に不覚を取らない為と言われれば俺は納得するし、お前を信じる。だが、世の中には自分の信じたい者を信じる者も居るのだ」

 

 だからこそ、迂闊なことはすべきでないと、俺は訴えた。

 

 




何とか窮地は抜けられそうに見える主人公、果たしてこのまま上手く行くのか。

次回、第三百九十一話「逢い引きじゃありませんよ?」

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