「俺としても、大願を果たしたお前が民衆に翻弄されるのは本意でない」
口にする言葉に嘘はなく、視線はシャルロットの目に留めたまま。話の流れを風評被害に持っていった時点で説得はなる、とは思っていたが、油断してツメを謝るつもりもない。
(何故このタイミングで言い出したのかって点が気になりはするけれど、今最優先すべきは――)
ここで完全に説得して、同じ事を再び言い出さないようにすることだ。
「お師匠様……」
「シャルロット……」
だから、俺はシャルロットと見つめ合ったまま、徐に片手を横に伸ばし、頭にバンダナを巻いたオッサンの頭を鷲掴みにした。
「うぎっ」
「言ってる側から、これだ。見せ物でないと言うのにこの始末」
さっき親指を立てていた船員が呼んだのか、いつの間にかポツポツと存在していた見物人にも釘は刺さねばなるまい。
「……と、このように野次馬というのは人が一定数以上居る場所なら至る所に現れる。この会話とてどんな脚色をされることやら」
少々わざとらしく言ってから船員の方を向き、頭を掴んでいた手に少しだけ力を入れる。
「づ、あだ、あだだだだっ」
「先程の俺達の会話は口外無用だ、いいな?」
「あ、あ゛あっ」
「良し」
顔を歪めるオッサンに忠告し、半分悲鳴の返事を聞いてから俺は手を放し、シャルロットの方へと向き直った。
「とりあえず、これで今回はあらぬ噂が流れることはないだろう。勇者の評判はお前を送り出したアリアハンの国王や国の評価にも影響する。窮屈に思うかもしれんが、出来たら心の何処かに留め置いてくれ」
「は、はい」
偉そうな物言いであることは百も承知だった。
(と言うか、どの面下げて言ってるのやら)
マシュ・ガイアーやスレッジとしてやらかした分を差し引いても、俺は過去に色々とやらかしているのだ。
(一応、良いこともしてたはずだけど、あれでチャラに出来るかどうか――)
わからない、が今更ながらに再認識する。シャルロットの師匠として恥ずかしくない振る舞いをしなくてはいけないことを。
(……この後影武者役のお姉さんとこっそり会うのって、他人に見られたりでもしようものなら丁度真逆の「後ろ暗いことをしているところ」と認識されそうなものだけれどね、うん)
そこは出来れば目を瞑って貰うしかない。影武者が用意出来なくては、こっそり地球のへそへ挑むシャルロットの後をつけ、万が一の時には助け出すということも出来なくなるのだから。
(今すべきは、この場を立ち去ること)
樽に隠れたクシナタ隊のお姉さんがシャルロットに見つかっては、拙い。
「さて、俺は念のため船長にも話を付けてくる。シャルロット、お前はどうする?」
故に、話しかけたのは注意を引く為であり、自分の予定を明かして問うたのも何気ない問いを装い、シャルロットの次の行動を知る為だった。
「ええと、一緒に行ってもいいですか? 当事者の一人ですし」
「むろん、構わん」
構わないというか、まさにシャルロットの申し出は渡りに船。
「では、行くか」
「はいっ」
俺は、シャルロットへ手を差し出し、シャルロットはその腕を取り。こうして俺達は、甲板を後にした。
(あのお姉さん、見つからずに夜まで隠れてくれてると良いけど)
妙なタイミングで発見してしまったものの、悪いことばかりではない。会いに行く時、どこに行けば良いかの目星がついたのだから。
(「眠れないから夜風に当たってくる」とでも言って、甲板で落ち合えばいいよね)
シャルロットがついてくると言い出す可能性もあるが、ついてきたとしても途中で帰らせればいい。
「聖水の効果が切れて魔物と遭遇した時、どちらも寝ていては拙い。戻って寝ておいてくれ」
とか理由を添えれば、納得させられるだろう。
(それに、寝る時間をずらせば、部屋が一つでも一緒に寝ることにはならない。きっちり睡眠もとれるはず)
まさか、部屋が一つであるが故に生じた最大の問題を解決する方法が言い訳を考えていて思いつくとは、想像だにしていなかった。
(うーん。ま、ある意味結果オーライ、かなぁ)
胸中で唸りつつ、シャルロットと並び歩く俺はこの後船長と会い、船員達の口止めを依頼することとなる。
「想定外の事態はあったが、何とかなったな」
「すみません、お師匠様……ボク」
「気にするな」
そして、この日の夜。ベッドに腰を下ろし呟いた俺は、後ろから聞こえた謝罪の言葉に振り返ると、毛布から顔を半分だけ出したシャルロットの頭へポンと手を置いた。
「失敗なら俺も何度かやらかしたことはある。失敗をすることで人は成長するものとも誰かが言っていたしな」
まなんでいる はず なのに まいかい まいかい やらかしてる のは きっと きのせいだと おもいたい。
「お師匠様……ありがとうございます」
「ふ、大したことは言っていない。さて、俺は少し夜風に当たってくる。聖水の効果とて永遠ではないからな。ついでに振りまいてこよう。シャルロット、聖水を一瓶貰うぞ?」
抜け出す口実を口にしつつ、ベッドから立ち上がり、向かう先は重量と容量を無視した何でも入る大きな袋。
(そう言えば、こいつは殆どゲームそのままだよな)
鎧を九十九着ずつ入れても重みで動けなくなることが無く、袋の外見も人一人で背負える大きさのままというのは、どういう理屈なのやら。
(……これについては深く考えた方が負け、か)
袋の使い方に関してはシャルロットに倣ったので、いまさらまごつきはしない。問題なく聖水の瓶を一本、袋から取り出すと部屋のドアへ向かって歩き出した足を途中で止める。
「では、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
振り向き、短くやりとりを交わして、俺は再び歩き出す。
(何だか、拍子抜けだなぁ)
もっと食い下がってくるかと思ったのに、そんな事はなく。
「さて」
こちらの言い分を信じて見送ったシャルロットへ感じた若干の後ろめたさを誤魔化すように口を開いた俺は、甲板を目指す。樽に隠れたお姉さんと会う為に――。
シリアス回をやろうとして失敗したっぽい?
次回、第三百九十二話「あなたは樽と聞くと何を思い浮かべるかしら?」
某錬金術師のお嬢さん? それとも肩から二匹の竜を生やした双剣士?