強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三十七話「勇者サイモン」

「落ち着いてゆっくり飲むといいッ」

 

 蘇生は成功した、そう言う意味では賭に勝ったのだろうか。

 

(うーむ、しっかしなぁ)

 

 問題は、行き帰りはしたものの、助けた相手が予断を許さない状況にあることが私の頭を悩ませていた。

 

「しゃべる必要はないッ、まずは身体を癒すことを第一に考えろッ」

 

 戦闘ではなく衰弱死か餓死が死因と思われる救助者第一号の青年は、蘇りはしたものの、死の直前を再現したかのようなガリガリにやせこけた姿で生き返ったのだ。

 

(すぐにでも適切な治療が出来るところに運び込まないと拙いよな、これは)

 

 運ぶだけならルーラがある。

 

(けど、飛ぶにしてもこの状態じゃ……抱えて飛ぶしかないかぁ)

 

 極度に衰弱してる対象に着地など望むべくもない。となると、救えたとしても一度に助け出せるのは、私に抱えられる人数と言うことになる。

 

(一人は抱いて、ロープか何かで固定しつつ背負えばもう一人ぐらいはいけるかな)

 

 この場所にルーラで戻って来られたらいいのにと、どうしても思ってしまう。

 

(もう一度蘇生を試す時間も惜しい、となると)

 

 出来るのはせいぜい骸を一つ背負っていって、搬送先で蘇生を試みるぐらいしか思いつかず、牢獄の中で誰か一人だけ選んで連れて行くとしたら、私が選ぶのはもう決まっていた。

 

(勇者サイモンか)

 

 そも、勇者とその一行は死亡した場合、ゲーム内でも教会で生き返らせることが可能だった。今回私が試みたケースと違い、教会で神父に頼んで復活させられる可能性もある。

 

(駄目なら駄目で、あの人を預けてからもう一度蘇生を試しても良いし)

 

 助けられるかも知れないと解った時点で、放置して行くという選択などあり得なかった。

 

 最初は首尾良く助けられた場合、ダブルパーティーの本命隊の方に参加して貰おうなどと下心満載の皮算用もしていたが、それはこっちの勝手な期待。

 

(そもそも、上手くいく可能性は殆どなくて、シャルロット達にも明かせなかったぐらいだしなぁ)

 

 人助けが出来たことで良しとしておくべきだろう。

 

(と言うか、まだ蘇生出来ると確定してる訳じゃないし)

 

 あれこれ考えていても仕方がない。

 

「考えるより動くッ、賽は投げられたのだからなッ」

 

 生き返らせた青年を抱え上げた私は、ほこらの牢獄へ引き返すと階段を下りた先で一旦青年を下ろす。外に放置して魔物に襲われたら目も当てられない。

 

「説明しようッ、少々わすれものがあったので取りに来たのだッ」

 

 何故戻ってきたのかと問われることを先読みして謎のポーズを決めつつ答え、フロア内の宝の数を知る盗賊の鼻の呪文で役に立ちそうなアイテムがあるかを確認する。

 

(二つ、か)

 

 おそらく一つは勇者サイモンの遺品でもあるガイアの剣だろう。

 

(もう一個は何だったかな、牢屋って言うと種か小さなメダル辺りだと思うけれど)

 

 ぶっちゃけ、今は時間が惜しい。レミラーマの呪文を唱えつつ歩いてみることにはするが、目的地までに無いならスルーする予定だ。

 

(どうせ、また来るだろうし)

 

 少なくとも『マシュ・ガイアー』はその気だった。ゲームの攻略的にこの場所が、ガイアの剣を回収すれば用済みだったとしても、そこに助けられるかも知れない人がいるのなら。

 

「ほこらの牢獄よ、覚えていろッ! この『マシュ・ガイアー』は必ず戻ってくるッ」

 

 ガイアの剣を鞘ごと身につけたサイモンの骸を背負い、ロープで固定すると私はそれだけ言って踵を返す。

 

「すまんッ、待たせたッ」

 

「ここは、さ」

 

 答えも待たず、入り口に横たわっていた青年を抱き上げると、例によって魂をスルーし、階段を上る。

 

「フェーズ3終了ッ、アリアハンへ帰還するッ、ルーラッ」

 

 そして、謎の人『マシュ・ガイアー』は空を飛ぶ。

 

(鎖国状態のアリアハンなら追求の手も及ばない筈)

 

 一人二人助けたところで自己満足かも知れないけれど。

 

「言いたい奴には言わせておくッ、かわりに私もやりたいことをやらせて貰おうッ」

 

 迷いはない。眼下に景色は流れ、徐々に近づいて来る大陸を見て、私は抱えた青年に負担がかからないよう着地の姿勢を取り始める。

 

(帰ってきたんだよな、流石にこの格好ならシャルロット達にも俺だとは……)

 

 ばれないと思う。

 

(そもそも)

 

 戻ってきたからと言って、シャルロットに会うとは限らない。

 

(だいたい、こんなはっちゃけ過ぎたキャラを作っておいてあっさり看破されたら立場もな……って、ちょっ)

 

 ただ、だんだん大きくなるアリアハンの城下町、ルイーダの酒場から出てきたツンツン頭を見た時俺は気づいた。自分が胸中で呟いた言葉がフラグになっていることに。

 

(どうみても はちあわせ ふらぐ です。 ありがとう ござい ました)

 

 口からエクトプラズムが出そうになるが、頭を振って現実へ帰還する。

 

(だああっ、そうじゃないっ)

 

 鉢合わせしたからどうだというのだ、他人のふりをすればいいのだしこちらは覆面をかぶっている。

 

(いや、まぁ……衰弱した人抱えた上に背中に死体背負っても居るけど)

 

 こんな時こそ自重しない人、『マシュ・ガイアー』の出番だ。

 

(注目されようがいけるっ、彼ならば)

 

 そして、考える。俺の作り出した彼ならどう動くかを。例えば、ルーラでの到着時。

 

「到・着ッ!」

 

「え……」

 

 気が付いたら身体が勝手に動いていたとでも言わんがばかりに、青年をお姫様だっこしたまま着地ポーズを決めた俺――いや、私を見てシャルロット嬢が固まるッ。

 

(掴みは上々ッ)

 

「……い」

 

 大きく目を見開いたままシャルロット嬢は何か呟いたようだが、生憎気にしている暇など無かったッ。

 

「勇者様、どうなされま」

 

「説明しようッ、私の名は『マシュ・ガイアー』。そう、複数の呪文を使いこなす謎の人物なのだッ!」

 

 シャルロット嬢の様子に気づいたのだろうッ、ルイーダの酒場から出てきたサラ嬢が声をかけようとするのを見て、私は名乗るとポーズを決めるッ。

 

(これで良しッ)

 

 評価はどうあれ『マシュ・ガイアー』は強力なインパクトを与えたと思うッ。主に勇者の師として面識のある誰かとは違ったベクトルでッ。

 

(さてと、アリアハンに病院などという施設はないッ、となると……)

 

 向かうべきは教会だろうッ。青年の容態も気にかかった私は勇者一行を放置して早足に歩き出すッ。教会にたどり着いたのは、それから七分ほど後のこと。

 

「頼もしき神の僕よ我が教会にど」

 

「衰弱している者が居るッ、まず彼の治療を頼みたいッ!」

 

 出迎えた神父の言葉を遮る形で、私は用件を述べた。

 

(普段から勇者や勇者の仲間の蘇生をやってるならこの手の状況にも対応してるはず)

 

 もちろん、希望的観測ではあるのだが、断られることは無いとも思っていた。神父の口にした言葉は勇者一行にたいして口にするものだったから無碍にされることも無いと踏んだのだ。

 

「ふむ、これはいかん……されば」

 

「寄付だなッ、承知したッ」

 

 謎のポーズを取りつつ、財布を突き出すと、更に私は勇者サイモンの蘇生も頼む。

 

「ちなみに、蘇生費用が何Gだったかは秘密だッ!」

 

「誰に向かって仰っておいでかな?」

 

 さりげなく神父にツッコまれたが、ただの現実逃避だと正直に答えておいた。

 

「おお、我が主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神の僕サイモンの御霊を今此処に呼び戻したまえ」

 

 固唾をのんで見守る中、蘇生は問題なく進行し、私は密かに胸をなで下ろす。

 

(よかったぁ)

 

 途中までは見たのだ、死体が人に戻って行くところを。グロ耐性ないので途中からは顔を背けていたが、何らかの変化があったと言うことは効果があったと言うことでもある。

 

「……ここは、教会? 君が私を生き返らせてくれたのか?」

 

「なッ?!」

 

 想定外だったのは、蘇生が成功した直後。それなりにやつれてはいるが、衰弱死直前とは思えない姿で、起きあがった勇者サイモンは私に話しかけてきたのだ。

 

「まずは礼を言わせてくれ」

 

「いや、礼には及ばないッ。私は私の正義と打算で動いただけなのだからッ」

 

 ポーズを決めつつ、私は更に言葉を続けた。

 

「それに暫くは安静にしておいた方がいいッ、話なら身体が完治してから伺おうッ」

 

 サイモンに無理をさせたくないと言う気持ちともあるが、そろそろ変装を解いてシャルロット達と合流したいとも思っていた私は、すっかり忘れていた。

 

「そう言う訳にもいかぬ、王があのままなら今ごろサマンオ――」

 

 サイモンがあの監獄に幽閉されるに至った経緯と背景を。

 

 




遂に復活した勇者サイモン。

だが、サイモンの語る内容は主人公へ選択を強いるモノであった。

だからこそ、彼は悩む。

次回、番外編4「シャルロットの判断・後編(女魔法使い視点)」

主人公、いよいよ勇者と合流。

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