強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百九十四話「つづき(いみしん)」

「しかし、危ないところだったな」

 

 すれ違った船員がある程度離れるのを確認してから、俺はポツリと呟いた。

 

(壊した樽の片付けがあと少し遅れてたら、あの船員に見つかっていたのは間違いない……ってのもあるけれど)

 

 先程の船員の接近に気づいて呪文を唱えるのが遅れていたら、お姉さんが見つかってしまった可能性もあった。

 

(いや、過去形にするのはまだ早いか)

 

 船員は一人でなく、あの船員だってこちらに戻ってくるかも知れないのだ。

 

「とりあえず、人の居る場所は出来るだけ避け、船倉に向かおう」

 

「はい」

 

 これ以上不測の事態に見舞われるのが真っ平な俺の言葉にお姉さんは頷き、二人で向かう先は、下へ降りる階段。

 

「ふくせんっ、ふくせんっ、ふっくせんちょーっ! 私が、私が、『私が副船長です』イーエイッ!」

 

「……スー様、あれは」

 

「気にするな。俺は気にしないことにする」

 

 舵輪の方から聞こえてくる「ふくせんちょうのうた」にお姉さんが困惑したような声色で説明を求めてきたが、聞かれても困る。

 

(挨拶に行って船乗りの骨の事を話した時はあんなキャラだとは思わなかったんだけどなぁ)

 

 一人で寂しくなると、自分を鼓舞する為に自作の歌を歌い出すと教えてくれたのは、トイレに行く時ぶつかったあの船員だったか。

 

「実は三番まであるなんてどうでもいい話など、俺は知らない」

 

「スー……様?」

 

 さっき聞こえてきたのが二番だったとかわかってしまったら、色々アウトだと思う。

 

「忘れてくれ、戯れ言だ」

 

 副船長の意外な一面を船員が暴露してるところにご本人が登場してフルで歌われたなんて展開、ライトノベルとかだったら省かれて本文にだって残らないに違いないのだ。

 

(と言うか、なんであの時居合わせちゃったんだろう)

 

 シャルロットが側に居なかったことが、唯一の救いか。

 

(シャルロットの感性、時々変わってるもんなぁ)

 

 格好いいとか言い出して、自分の歌を作り始めたら、どう止めれば良いのやら。

 

「……甲板は見張りの必要もあるからだろうが、船内(こっち)は船員もほぼいないな」

 

 頭に過ぎる不吉な仮定を振り払う様に現実に戻ってきた俺は階段を下りきった先で周囲を見回してから、小声でお姉さんに良いぞと呼びかける。

 

「ここまで来れば、後はこの階段を回り込んで、もう一度階段をくぐるだけだ」

 

 短い距離だし、物音に耳を澄ませて周囲の気配を探った限りでは、船倉に誰か居る様子もなく、誰かと遭遇するとも思えない。

 

「ありがとうございました、スー様」

 

「いや、気にすることはない。元々影武者をして欲しいからと隠れてついてくるように頼んだのは俺の方だからな」

 

 少し気の早いお姉さんに、頭を振って見せたが、たぶん見えてはいないだろう。

 

「さて、呪文の効果がきれる前に、降りるぞ」

 

 今度こそ、見つかりそうもないお姉さんの隠れ場所を確保する。

 

(ただ、今度はつっかえない様な場所にしないとなぁ)

 

 俺の影武者という要求を満たすだけあって、同行しているお姉さんは俺と同じぐらいの体格で、女性にしては大柄だった。

 

(現場を見ないとどうしようもないとは思うけど、とりあえず樽だけはNGだとして……うーむ)

 

 反時計回りに階段を回り込み、船倉に至る階段へ向かいつつ、胸中で唸る。

 

(嵐とか来るとこの下船倉もシェイクされるよな。隠蔽性だけじゃなくて安全性もある程度確保出来ないと拙いか)

 

 隠れている必要があるのはランシールに到着するまでだが、嵐と全く遭遇せずに目的地にたどり着ける保証はない。それに嵐に遭遇しなくても海が荒れたり波が高くなることだってあるかも知れないのだから。

 

(下にいると下敷きになる可能性がある……だったら)

 

 考えた末に、俺が思いついた案が一つ。

 

「問題は、やれるかどうかか……ん?」

 

 下り階段を視界に入れつつ視線を下に落とし、自分の鞄を見ようとするも、そこに鞄はなく。

 

「スー様?」

 

「何でもない。呪文の効果が残っているのを失念していただけだ」

 

 鞄も透明の状態で、口を開けて中を漁るのは止めた方が良いだろう。だから、始めるのは、呪文の効果がきれた後だ。

 

(ロープは充分残っていたよな、確か)

 

 ロープワークの方もおそらくは問題ない。

 

(捨て忘れて樽の残骸、いくらか持って来ちゃったのも、まぁ、怪我の功名というか、何と言うか……)

 

 呪文で一緒に透明化したこともあってつい、捨てる事無く持ってきた金属と木片。ロープにくわえてこれだけのモノがあれば、おそらく可能。

 

「ふふふ……」

 

 思わず笑みを漏らしつつ、階段を下り、その先に待つのはお姉さんを隠すべき船倉。

 

「……む、呪文の効果もきれたか」

 

 近くの木箱に置いた自分の手が目に映り、呟いた俺は鞄からロープを取り出すと天井を仰ぐ。

 

「……大丈夫そうだな」

 

 荷物をつり上げる為なのか、そこには良い具合にフックがあり、ロープがかけられるようになっている。まさにお誂え向きだ。

 

「スー様?」

 

 どうしてなのか、ロープを手にワクワクしてしまうのは。声をかけてきたお姉さんに俺はロープを手にしたまま振り返ると、問いかけた。

 

「ところで、ハンモックを知っているか」

 

 と。

 

 




ハンモックって、未経験だと幻想が広がりませんか?

次回、第三百九十五話「スー様がロープであんな事をしてしまう話」

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