強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百九十六話「その後何もなく目的地に着きましたって感じにしたいっぽい」

 

「とりあえず方針は定まったし、俺は戻る」

 

 お姉さんと入れ替わる方法は伝え、地球のへそでシャルロットを助ける為割って入った場合どうするかも決めた以上、ここに留まる必要はない。

 

(と言うか、想定外のタイムロスを鑑みるとさっさと戻らないとやばい)

 

 その前にうっかり忘れていた口実の方も果たさないと拙い。

 

(うん、緊急時だったとは言え、戻ってきて樽の残骸を片付けたあと、ここに降りてくるまでに船縁で撒く機会はあったはずなのに)

 

 相変わらず迂闊だなぁと思う。

 

「ではな」

 

「はい、スー様ありがとうございます」

 

 お姉さんに別れを告げ、背中を見送られつつ階段を上り。目指すのは、甲板。

 

(聖水も撒かないといけないけど、船員に目撃されてアリバイ作っておかないとなぁ)

 

 甲板に行くと言ったはずなのに、俺が甲板に居るところを見た船員がゼロと言うのはいささか具合が悪い。

 

(「トイレに行っていた」って理由でずっと甲板に居なかった理由は誤魔化せると思うし。甲板にも居たって証言があれば問題はないよね)

 

 お姉さんが籠もっていた時間は誰も来なかったのだから、あの時間に用を足していたと言うことにすれば辻褄も合う。

 

「ついでに副船長にも話しかけておくか。居る場所がほぼ固定で会うのは楽だし」

 

 まだ歌っていた場合、あの作詞作曲副船長な歌を聴かされるハメになるとしても、証人は多い方がいい。

 

「船の秩序を守りぃーたいっ! 想いが私をふっくせんちょーっ!」

 

「ちょ」

 

 もはや日本語としておかしい、いや日本語ではないか。ともかく、ツッコミどころ満点の歌詞が聞こえた時点で思わず声を上げてしまったのは、まだまだ修行が足りないのかも知れないけれど。

 

「……とりあえず、所定の位置に居るようだな」

 

 居る場所がわかるのは、歓迎すべき事だろう。

 

「が、まずは甲板の船員に見られるのが先だ」

 

 聖水も撒いてしまわないといけない。俺は敢えて歌声に背を向け甲板の縁を進みつつ、聖水の瓶の蓋を開ける。

 

「それっ」

 

 振りまいた聖水の飛沫が海に落ち、あるいは船縁や甲板を濡らすのを見届けて反対側に移動し、残りを撒く。

 

「ふぅ」

 

 しかし、片手で持てる大きさの瓶で大きな船の周囲に効果があるのは微妙に腑に落ちないが、きっと気にしたら負けなのだろう。

 

「さてと、船員は……お誂え向きだな」

 

 首を巡らせると一人の船員が視界に入り、俺は空き瓶を鞄にしまうとその船員に向かって歩き出す。

 

「あ」

 

 そして、近づけば当然相手も気づく。

 

「ひぃぃっ、すみません。何も見てませんんっ」

 

 声を漏らした船員は俺の姿を瞳に映したまま顔を強ばらせると、頭を抱えてしゃがみ込み。

 

「は? ……あ」

 

 一瞬、面を食らってから、記憶を手繰って、気づく。

 

(この船員、シャルロットと会話してる時に頭を掴んだ人だ)

 

 なぜ、何人も居る船員の中でたまたま見かけたのが、この男なのか。

 

「た、助けて、助けて下さい」

 

 ペコペコ頭を下げる姿に、助けて欲しくなったのは、俺の方である。

 

(うわーい、かんぜん に おびえてる じゃない ですか、やだー)

 

 思わず遠い目をしたとしても、誰が俺を責められよう。

 

「落ち着け、何かするつもりはない」

 

 と言うか、するつもりがどうのこうのではなく、こちらとしては会ったことを触れ回って欲しいぐらいだというのに。

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ああ。魔物除けの聖水を撒きに来てばったり出くわしただけで、何故何かせねばならん? もし、仮にお前が今ここで俺と会ったことを誰かに言ったとしても、俺の不利益にはなるまい?」

 

「じゃ、じゃあ、ガシッと顔を掴んでギリギリ握ったりとかは?」

 

「して欲しいのか?」

 

 たぶん、そんな答え方になったのは、船員の怯えっぷりにイラッとしたからだと思う。余計怯えさせるだけだと考えればすぐにわかりそうなものなのに。

 

「ひ、と、とんでもありません。で、では俺はこれで」

 

「あ」

 

 船員は脱兎の如く逃げだし、俺だけが残され。

 

「……と言う訳で、酷く怯えられていてな、あれには参った」

 

 シャルロットの元に戻った俺はさっそくそのことを話題に出した。

 

「そんなことがあったんですか」

 

「ああ。あとは副船長が歌を歌っていた。何でも自分を鼓舞する為にやってることらしいが――」

 

 とりあえず、これでシャルロットには俺が甲板で聖水を撒いてきたと思って貰えると思う。

 

(あとは、お姉さんが到着まで無事に過ごしてくれれば、だいたいの問題はクリアだ)

 

 女装に関しては躊躇う気持ちが残っているものの、それは残しておかなければダメなものだし。

 

「まぁ、何にしてもこれで暫くは聖水が魔物を遠ざけてくれるだろう」

 

 使用した俺のスペックを考えれば、海の魔物が船に寄ってこられるとは思えない。

 

「そうでつね。ええと、どうします? それでも見張りは必要かも知れませんけど」

 

 相づちを打ったシャルロットの問いに俺は予定通り交代で寝ようと答え。

 

「俺ならまだ大丈夫だ。もう少し寝ておけ」

 

 別にシャルロットの寝顔が見たかったとか、そんなつもりはない。ただ、もう一回りしてくると告げて、部屋をあとにしたのだった。

 




無地アリバイ工作を終え、主人公はシャルロットの元へと一度戻り、再び甲板へ?

次回、第三百九十七話「今度こそ到着デース」

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