強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百九十八話「上陸とランシールなのです」

「すまんな、手間をかけさせた。やはり、あれが目的地のようだ」

 

 じりじりと心の目の帰還を待たされた代わりに得た情報は、そこが間違いなくランシールだと教えてくれていた。

 

「そうですか」

 

「ああ、見覚えのない大きな神殿が見えた。方角を間違えてアリアハンに行ってしまったなら、あんなモノは見えなかっただろう」

 

 地理と規模で考えて、見間違うならレーベの村だが、あの村には遠方の上空から見えるような神殿などない。

 

(更に奥に見えた砂漠も高山に囲まれてたようだったし……)

 

 原作では最寄りの町や洞窟を探すものであったからか、距離の関係か、奥にあるはずの洞窟までは確認出来なかったが、現地に着けば嫌でも解る事でもある。

 

(だから、とりあえずの問題は、これ、かな?)

 

 そろそろ離れてくれるかなと待ってみたが、相変わらず背中はシャルロットの凶器が占拠したまま、身体もがっちりホールドされていて、動くに動けない現状ぐらいだった。

 

「……ところでシャルロット、もう良いぞ?」

 

「あ、はい」

 

「すまんな。ふむ……」

 

 胸のことは触れず、遠回しに離れるよう言った俺は、返事と共に解放され、身体の感覚を確かめるように軽く肩を回し。

 

「ところで、シャルロット、もう少しここに居るか?」

 

 振り返り、問う。

 

(船倉のお姉さんにも到着伝えてこないと拙いし)

 

 このままここでのんびり目的地への到着を待つ訳にもいかなかったのだ。

 

「えっと、陸が見えるってお話しだけでしたから荷物を取りに部屋には戻りますけど」

 

「そうか。なら丁度良い。俺の荷物も持ってきておいてくれ。少々気が早い気もするが、俺は船長達に挨拶してくる」

 

 返ってきた答えはどうも俺にとって都合が良すぎたが、シャルロットと別れて単独行動出来るチャンスを捨てられるはずもない。

 

「ついでだ、この航海最後の聖水も撒いてくるとしよう」

 

 シャルロットに荷物を取りに行かせておいて、自分だけ楽をするなど言語道断だ。

 

(そもそも、荷物取ってきて貰うのも一人で船倉のお姉さんの所へ行くための口実な訳だし)

 

 船長達への挨拶だってちゃんとしてくるつもりだが、挨拶回りだけでは楽をしすぎだろう、こちらが。

 

「ではな、挨拶を終えたらここに戻る」

 

「あ、行ってらっしゃいお師匠様」

 

「ああ」

 

 若干強引だった気もする行動宣言を受け入れ、送り出してくれるシャルロットへ密かに感謝しつつ、俺は指の力で片手に持っていた瓶の蓋を開ける。

 

「さてと」

 

 聖水を撒く準備は出来た。

 

(あとは挨拶しつつ、さりげなく船倉に向かうだけだな)

 

 船内の船員へ先に挨拶するためだと言えば、見られても説明はつく。

 

(船倉の一つ上の階まではだけどね)

 

 ただし、俺が全力で隠密行動を取れば透明になった上、足音と気配がほぼ消失する。

 

(とりあえず、効果時間を考えるともう呪文を唱えても問題はなさそうかな)

 

 忍び歩きと透明化呪文を併用と言う全力で当たるのは良いのだが、いかんせんレムオルの呪文の効果を途中で消す方法を俺は知らない。知っているのは、効果時間だけという都合上、効果の切れるタイミングから逆算して使わざるを得ず。

 

(あ、ここにも居るのか。こりゃ、挨拶は帰りだなぁ)

 

 船倉へ降りるまでの過程で船員に出会うたび、胸中で嘆息する。透明のまま挨拶する訳にもいかなかったから。

 

(ただ、ちょっとうっかりしてたかもな)

 

 お姉さんに到着が近いことを告げ、船倉を出て階段を上りきるところまでを効果時間に入れると、お姉さんと接触する時は、当然透明のままと言うことになる。

 

(声をかけて、悲鳴をあげられないといいけど……そうだ、物陰から声をかけてる態を装えば問題ないか。念には念を入れてると言うことで)

 

 階段を下りつつ考えていた俺が閃いたのは、幸いだった。

 

(お姉さんが大声を上げて、密航が完全成功直前で失敗するとか笑えないし)

 

 接触は慎重にする必要がある。そして、出来れば簡潔に。

 

「起きているか? 船員が先程もうすぐ大陸が見えると呼びに来た。実際、大陸の影も甲板で確認している。上陸の準備をしておいてくれ」

 

 階段を下りきり、箱の影から天井を仰いで呼びかけるなり、用件を伝えきる。

 

「あ、もうついたんですか。解りました」

 

「では、よろしく頼むな」

 

 天井から降ってきた声に少しだけ安堵しつつ、俺はお姉さんの声に応じると、透明化呪文の効果が切れないうちに引き返し、階段を登り。

 

「ここに居たか、上の船員にもうすぐ着くと聞いてな」

 

「へ、わざわざ挨拶に? そいつは恐縮でさぁ」

 

 先程見かけた船員に挨拶しつつ、来た道を戻る。

 

(さてと、この調子で最後に船長か)

 

 おそらく船長は舵輪の前、いつもの定位置だろう。

 

(行くぞ、船長! うおおおおおっ! ……って、何しに行く気だ、俺?)

 

 歩いている内に何だかよくわからないテンションになってしまって自己ツッコミを入れたけど、その後船長と挨拶を交わすことも出来て。

 

「すまん、待たせたか?」

 

「あ、お師匠様」

 

 俺がシャルロットと別れた場所に行くと、丁度上陸用の小舟が降ろされているのをシャルロットが見つめているところだった。

 

「旦那、もうちょっと待って下せぇ。船が降ろせたら、ロープ下げますんで」

 

「ああ」

 

 船員に答えつつ眺めるボートはやがて海面に触れ。やがてロープを伝った俺達はその小舟で辿り着くこととなる、初めて訪れるランシールの地へ。

 

 




主人公「ドーモ。センイン=サン。乗客です」

船 員「ドーモ。乗客=サン。センインです」

船 長「私が船長です」

 きっと、こんなアイサツでなかったのは、確か。


次回、第三百九十九話「神殿へ行こう」

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