強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百話「師、勇者のために」

「先手は貰った」

 

 そう、声は出さない。ただ、荷物から取り出した物体を左手に持ち、大きく振りかぶって投げただけ。

 

「うげっ」

 

「ばっ」

 

「びゃっ」

 

 短い悲鳴を残して、両断されたシルエットが周囲に何かをばら撒く。

 

「……おどる宝石、か」

 

 糸を切られてバラバラになった真珠か何か、石を下にして草の上に落ちた指輪、そして斬り裂かれた袋は俺の投げたオレンジ色のブーメランが帯びた炎が移ったのか、切断面から燃え始めている。

 

「臨時収入、と喜びたいところだが……かき集めている暇はないな」

 

 先手を打って一掃できたが、倒した魔物は、状態異常呪文など厄介な呪文をかけてくる厄介な魔物だったとも記憶している。

 

「とりあえず、目につくものを幾つか拾っていこう」

 

 指輪などの装飾品なら、影武者役になってくれるお姉さんへのお礼になるかも知れないし。

 

(ジパングに結婚指輪の報酬があるかは怪しいけど、マリクがおろちと良い感じになったりした時、手元に指輪があればくっつくのを後押し出来るかも知れないしな)

 

 それもすべてがうまくいっての話だけれど。

 

「しかし、ここからどうするか、も微妙だな」

 

 船に戻ってお姉さんと合流してからランシールに向かえば、当初の予定通りの行動が出来るが先行したシャルロットを一人でランシールに向かわせることになるし。

 

(逆にシャルロットを追いかけた場合、俺の実力に見合った魔物が潜んでいるかも知れない場所をあのお姉さん一人で突破する必要が出てくる訳で……)

 

 どちらを選んでも、問題がある。

 

(うーん、となると方法は一つしかないか。……両方採るって方法しか)

 

 シャルロットを追いかけ、追いつき、ランシールに到着するのを見届けてから船まで引き返しお姉さんと合流後、二人でランシールへ向かう。手間も時間もかかる方法ではあるが、二つの案のメリットを両方得ることが出来るというのは大きいし、他に方法も思いつかない。

 

(原作通りなら、俺が聖水を撒けば大抵の魔物は追い払える)

 

 このまま遭う魔物遭う魔物全てを殲滅することだって、出来はすると思うけれど、相手の正体がわからないというのは厄介だった。

 

(あのおばちゃんの子供が左遷されてこんな所に配属とかされてて、うっかり殺っちゃった日にはおばちゃんがこっちに付いた理由がなぁ)

 

 足下に転がってる宝石達については、そんなことを考える暇もなく、つい殲滅してしまったが、このおどる宝石達だったあやしいかげの正体がアークマージだったら、割と酷いことになっていただろう。

 

(俺はおばちゃんの子供の顔とかを知らないし、倒しちゃってからの首改めとか)

 

 どんな顔で頼めば良いのやら。そもそも、おばちゃんの子供か解らないとなれば、確認して貰うため死体を保存しておく必要もある。

 

(かと言って、倒さず様子を見るとか自殺行為だもんな)

 

 即死呪文など俺でも身に曝されると危険な呪文を使う魔物は存在する。それだけならマホカンタの呪文で防げるけど、問題は呪文以外の特殊な攻撃だ。

 

(やはり、あやしいかげとの戦闘は極力避けて行くしかないか)

 

 忍び歩きが出来る俺からすれば、不可能ではない。

 

(けど、その前に敵をこの辺りへ誘引しないとな)

 

 周囲を見回し、シャルロットが視界内に居ないことを確認してから、呪文を唱え始める。

 

「イオナズンっ!」

 

 一度シャルロットを送って行ってから引き返し、もう一度ランシールまで行くとなると、時間は相当かかる。

 

(強敵相手に苦戦してたって事にすれば、時間がかかったのも納得して貰えるよね)

 

 呪文で地面にクレーターが出来ていれば尚のこと。

 

「さて、魔物が爆発音に気づいて集まってくる前に、離脱せねばな」

 

 呟きつつ、歩き出した俺は鞄を漁り、フード付きのローブを取り出す。

 

(シャルロットがあの音に引き返してくる可能性も僅かながらにあるからなぁ)

 

 シャルロットは真面目で優しく、師匠思いでもある。自分の役目は重々承知してると思うが、割り切れるかどうかはまた別の話だ。

 

(それに、急いで追いかけすぎた俺がばったり出会っちゃう可能性だってある)

 

 一目で俺と解らなくするには、最悪でも顔を隠さなくてはならない。

 

「そして、正体を隠せば、呪文の行使についても何の問題もない」

 

 まだ一往復残っているのだ、時間短縮には魔物を間引いておくべきだろう。

 

「だいたい、いくら苦戦したとしても戦闘の跡が一箇所じゃ不自然すぎる。ここらの魔物には悪いが、俺と出会ったことを不運と思って貰おう、マヒャドっ!」

 

 ヒラヒラとこちらに向かって飛んでくる巨大な顔を持つ不気味な蝶群れは、一つの呪文で全てが骸と化し。

 

「っと、いかん。俺が倒した相手は物理攻撃で屠られた死体にせねばなっ」

 

 足を速めつつブーメランを投げる。

 

「オ゛ァ」

 

「ガ」

 

「ギャアアアッ」

 

 草むらから身を起こした人影の間を駆け抜けたオレンジの風は、動く腐乱死体を幾つも両断し、俺の手元に戻った。

 

「……臭いが仇になったな」

 

 目に付く魔物の数が多いのは、先程の呪文が効いているのだろう。

 

「待っていろ、シャルロット」

 

 魔物を倒しつつ、俺は走り始めた。

 

 




おばちゃんの子供とバッタリという展開も可能性0じゃありませんでしたからね。

おどる宝石で良かったと言うべきか。

次回、番外編23「こうかい(シャルロット視点)」

 ぎゃぁぁぁ、夏が終わるぅぅぅぅっ!

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