強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百一話「下半身樽ってどう見てもモンスターだよね?」

「……ふぅ」

 

 ちらっと後方を盗み見た俺は、こちらに背を向け歩き出したシャルロットを確認すると、ピョコピョコ跳ねるのを止めて、嘆息した。

 

(しかし、まさかもう一度この禁術を使う事になるなんてなぁ)

 

 元バニーさんの一件があって二度と使うまいと決めた、対象を見ずイメージのみで行う変身呪文(モシャス)は、案の定、失敗した。

 

(かはんしん が たる って、どこ の モンスター ですか?)

 

 船に戻ってからお姉さんと一緒にランシールへ戻ってきても、スレッジの弟子で伝言を頼まれていたと言うことにすれば問題ないと思いついたのは、失敗変身呪文をかけてから、フード付きマントを羽織直し、シャルロットの前に姿を見せたあとのこと。

 

(あのアドリブ自体は、自分でも良くやったと思うんだけどさ)

 

 お姉さんを連れて行ったら、シャルロットは思うだろう。

 

「今度は樽をはいていないんだ」

 

 と。

 

(結局あのお姉さんに土下座しないと行けない案件が出来ちゃった、てへぺろ)

 

 最後でおちゃらけたのは、現実逃避なので、許して欲しい。

 

(ランシールにお姉さんを連れてきたら、お姉さんの帰りはルーラで良いし)

 

 故郷のジパングにフードとマントで変装したまま戻って貰って、元バラモス親衛隊の誰かとかを解しておろちからパープルオーブを受け取ってルーラで戻って来て貰えば、オーブが必要となる極寒の島から俺がルーラで行ける限りでは最寄りの地にオーブが全て揃うことになる。

 

(ジパングへ行って戻ってで、二日。ランシールからの船旅が長くて二日といったところかな。その間、船にはランシール沖で停泊していて貰わないと困るけれど、海にまではあやしいかげも出ないし)

 

 伝言ならお姉さんを迎えに行った時についでにして来られる。

 

(ついでに、このランシールで補充するつもりだった品のご用聞きもしておかないとな)

 

 こちらには、シャルロットのふくろと言う輸送と収納の面では明らかにチートな一品がある。水だろうが食料だろうが、ちゃんと梱包されてればおそらく大丈夫だ。

 

(ポルトガみたいに港で直接積み込む場合は、荷運びしてる人とかの仕事を奪っちゃうからNGだろうけど、今回は非常事態な訳だし)

 

 楽をしてしまうことになるが、是非もないと思う。

 

「さて、となると……残る問題は、モシャスが解けるまで待つか、少しでも前に進むか、だな」

 

 呟き視線を落とせば、目に入るのは、それなりに大きな胸と、上半身をくわえ込んだかのような形の樽になった下半身。

 

「……うーむ」

 

 ちなみに、モデルのお姉さんは魔法使いのため、足音を消すことなんて当然ながら不可能で、感覚なんかも素の状態と比べて、鈍い。尾行すれば丸わかりなので、シャルロットを追いかけて影ながら護衛するという選択肢は、諦めざるを得なくなった。

 

(と言うか、下半身樽でぴょんぴょん跳ねてる時点で、忍び足も備考もあったものじゃないけどね)

 

 隠密行動は不可能、戦闘力は船にいるお姉さんと同レベル。弱体化しているので、遭遇するあやしいかげの正体もそれにあわせたものになるとは思うが、先程のシャルロットのように不意をついて眠らせようとする魔物なんかと遭遇し、奇襲を成功させられたら、最悪詰む。

 

(防御力まで魔法使い相当になってる筈だからなぁ、原作の呪文の効果通りなら)

 

 流石にここまで縛りプレイされた状況で突っ走れる程、慢心はしていないし、無謀でもない。

 

「ここは石橋を叩いて渡るべきだな」

 

 走るのは、変身が解けてからでいい。万が一、旅人やこれから戻る先の船に居る乗組員に目撃されて、変な都市伝説でも産まれた日には、お姉さんへの土下座が一度では足りなくなる。

 

「だいたい、効果時間なんてたかが知れている。そんなことよりも、すべき事はあるしな」

 

 周囲の警戒を疎かにして、時間切れを前に魔物に襲われでもしたら笑えない。

 

「ふぅ、今のところは異常なしか」

 

 俺は辺りを見回すと、動く者が無いのを確かめてから、安堵の息をついた。

 

(シャルロットも少し気になるけど、あやしいかげの出現する場所はもう抜けてるようだし、一度した失敗を二度するとは考えにくい……信じよう、シャルロットを)

 

 そもそも、弟子というのはいつか師匠の元から巣立って行くものなのだ。

 

(あまり過保護にすると、独り立ちを阻害する……かな)

 

 イシスの攻防戦では俺抜きで戦えていたようだし、免許皆伝を言い渡す日はそう遠くないのかも知れないけれど。

 

「……感覚からすると、そろそろの筈だが」

 

 どれだけ草原で下半身樽のまま、立ちつくしていだろうか。

 

「お」

 

 直前の呟きを待っていたかの様に、呪文の効果は切れ。

 

「戻ったか。これなら」

 

 俺はすぐさま心の目をタカに変えて空へと解き放つ。

 

(あやしいかげを倒してから結構走ったからなぁ)

 

 俺が想定したランシールの有る方角と実際の位置にズレがかもしれない。

 

(「ここは任せて先に行け」とか格好を付けておいて迷子とか洒落にならないからなぁ)

 

 だから、決してシャルロットのことがちょっと心配で様子を見ようとしたとか、そう言うことではないのだ。

 

 




影武者のお姉さんだと思った? ざんねん、主人公ちゃんでした!

なんだかんだ言っても、やっぱり過保護っぽい、主人公。

そして、シャルロットは結局無事目的地につけたのか?

次回、第四百二話「そして、俺は――」

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