強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百二話「そして、俺は――」

 

「とりあえず、シャルロットの方は大丈夫そうだな。よし!」

 

 後顧の憂いはなさそうと見た俺は、船へ向かって走り始めた。心の目が村へ向かう人影を確認したのは、目的地と俺の間に存在したからであって、他意はない。

 

(引き返した船員が危険については触れ回ってくれてるだろうから、あのお姉さんも無謀なことはしないと思うし)

 

 万が一戻る船員と行き違いになっていたとしても、船に向かえば何処かで会えるだろう。

 

(時間もロスしちゃってるし、急ごう)

 

 足音は消し、戦闘は最小限に。

 

(さっきのイオナズンが効いてるんだろうな)

 

 敵のおびき寄せに特大の呪文をぶちかました場所を避けるように若干回り込むようなルートをとっていることもあってか、流れるように飛んで行く景色の中、魔物との遭遇はゼロのまま、船までの距離がどんどんと詰められて行く。

 

(いささか、うまく行きすぎて怖いけど)

 

 そう言う時こそ落とし穴が待ちかまえてると見るべきだ。警戒は密に、ただし速度は緩めず。

 

「よし、船が見えてき……ん?」

 

 船が見えたと思った直後だった、船を着けていた辺りに違和感を感じたのは。

 

(……もっと寄ってみるかな)

 

 船が見えたとは言え、実際にはまだ距離がある。流石に目視で違和感の正体を突き止めるのは無理があった。

 

「あ」

 

 思わず声を上げてしまったのは、目で何故違和感を覚えたのか理解が出来る距離まで達した時。

 

(あれは、人? まさか、あの船員じゃ――)

 

 倒れ込んだ人影を確認した時点で、足を更に速めた。

 

(大丈夫、船員の名前なら挨拶した時に教えて貰ってる。もし予想する中で最悪の事態だったとしても、蘇生呪文は試みられる、だから)

 

 急げと倒れた人影へ向けて駆ける俺は自分をせかし。

 

「え」

 

 更に人影がはっきり見えだしたところで、思わず顔をひきつらせた。倒れていた人影の下半身が樽だったのだ。ただ、もの凄く見覚えのあるフォルムに気をとられたのが、失敗だった。

 

「だっ、と、ちょ」

 

 足下の出っ張りにつま先を引っかけ、バランスが崩れればもの凄い早さで視界が地面に近づき。

 

「だあっ!」

 

 危ないところだった。

 

「はぁ、この身体がハイスペックじゃなかったら無様に転けてたな……それにしても」

 

 さすがに、これ は はんそく だと おもう。

 

「あ、す、スー様……み、見苦しい所をお見せして申し訳ありません」

 

 意識があったのか俺がドタバタしたせいで目が覚めたのか、影武者役のお姉さんが顔を上げて謝罪出来る程度には大丈夫であったことは重畳だったけれども。

 

「いや、それより何があった?」

 

 見苦しいところなら、直前にこちらも見せている。よって、一番聞きたかったのは下半身樽で海辺に倒れているに至った経緯であり、頭を振って俺は即座に問うた。

 

「は、はい。上陸すると話を聞いて、ハルナは陸に渡る手段を探しました。泳いで渡っては勇者様やスー様と合流した時、勇者様に訝しまれてしまいますから」

 

「成る程、つまりその樽は……」

 

「はい、誰にも見つかることなく小舟を動かすのは、無理でしたから、樽を無断でお借りして船代わりにするしか」

 

「ああ」

 

 そして、このお姉さんは何とか陸地までたどり着いたと言うことなのだろう。

 

「ただ、疲労で力尽きてしまい、今に至る、と」

 

 これはひょっとして俺が伝言を託した船員とも行き違いになっているかも知れない。

 

(それより何より)

 

 確認しておかないと行けないことがある。

 

「あー、何だ、ひょっとしてひょっとするとだが……その樽」

 

「あ、あぅ」

 

 言葉を濁しつつ危惧を言葉にすると、お姉さんは顔を赤らめ。

 

「も、申し訳ありません……その、引っこ抜いて下さい」

 

 お尻が使えたことを言外に自白したのだった。

 

(えーと、二度目だし、失敗モシャスの件は謝らなくても良いかなぁ、これ)

 

 ぶっちゃけ、本物も同じ形態になってるとは、シャルロットを助けに入ったあと、正体を誤魔化すのにモシャスした時は欠片も想像していなかった。

 

(失敗かと思ったけど、ある意味成功してた訳だよね、これ)

 

 このお姉さんも樽に入ったのは海を渡るための苦肉の決断だったと思うけれど。

 

「スー様?」

 

「あ、あぁ、すまん。しかし、抜くのか? 前のように斬った方が早いし痛くないと思うのだが?」

 

 名を呼ばれて慌てて返事をしつつも、前回と違う解決方法を依頼された俺は問い。

 

「そうですね。ただ、ハルナはもう一つ樽を駄目にしてしまいました。これ以上あの船の方々のご迷惑にはなりたくありません。この樽は蓋が無くなって物入れになっていた物ですが、洗って返せばまだ使えると思いますし」

 

「……成る程な」

 

 食品を入れる樽には衛生的な問題で使えないだろうが、確かに道具を入れておくだけなら問題ないだろう。

 

(うん、若いお姉さんが入っていた樽って事に逆に付加価値見いだしそうな人間だって居るかも知れないとか思ったりも、ちょっとだけしたけどさ)

 

 そういう変態的な発想は心の奥底に沈めておこう。俺は常識人なのだから。

 

「ともかく、この辺りとて油断は出来ん。魔物が来ない内にさっさと抜いてしまおう、スカラ」

 

 お姉さんが少しでも痛くないように、まず呪文を唱えた。

 




まさかの樽お姉さんで天丼。

ドラクエⅤでもかなりの距離を樽で漂流したりしてましたし、樽は偉大なのです。

次回、第四百三話「ぬいてみた」

前話とタイトルで繋がってる風味なのです。

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