強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百三話「ぬいてみた」

 

「入ったモノなら抜けるのは道理だが……」

 

 引き抜くモノがお姉さんであるとなると問題が発生する。そう、何処を持って引っ張るかだ。

 

(手より胴とか填ってる場所にある程度近い部分の方が力は伝わりやすいと思うんだけど、女の人の腰とかに手をかけるというのは、うん)

 

 やはり抵抗がある。

 

(や、シャルロットとか他の娘と色々しておきながら今更とかツッコまれるかもしれないけど、あれは殆ど事故だし)

 

 心の中で弁解してしまったのは、己が罪悪感を抱いたからだろうか。

 

(うーむ)

 

 下手に時間をかける訳にはいかないが、そうすると効率を求めることになってしまうのだが。

 

(かけてもいい、まともにやったらロクでもないことになる)

 

 これまでに遭ったアクシデントの数々で俺は学習したのだ。いや、学習してしまったが、正しいか。

 

(そう言う意味では、ロープでくくりつけて引っ張るってのも一つの手だけれど)

 

 下手にロープを使ったりしたら、お姉さんの肌にロープの痕をつけてしまう可能性がある。

 

(女の人にそれは致命的だよなぁ)

 

 となると、一番無難なのはお姉さんではなく樽を引っ張るというパターンになるのだけれど、これにも問題はあった。

 

(樽からお姉さんを抜くなら、お姉さんを何処かに固定するか、お姉さんに何処かへ捕まって貰っておかないと、意味がない訳で)

 

 俺とお姉さんの腕力の差を鑑みるとしがみつこうとするお姉さんが俺に力負けして樽ごと引き摺られるオチしか見えてこない。

 

(かと言ってロープで固定するとなると、やっぱり痕が付く可能性が大きいし)

 

 下手に小細工するよりは、何も考えずお姉さんの胴に腕を回して引き抜いてしまった方が早い気がしてしまう。

 

「スー様?」

 

「ん? ああ、すまん。いくら引き抜くためとは言え、若い女性の身体に触れるのはどうかと思ってな」

 

 訝しまれ、我に返った俺は、結局正直に白状してしまった。

 

「あ」

 

 言われて状況に思い至ったお姉さんが顔を赤くするが、俺だってそうそう有効な解決策を思いつく訳じゃ無いのだから仕方ない。

 

「すまん。こんな時に何を考えて居るんだと言われても仕方ないかもしれんが、知っての通り俺はお前達に責任をとってやれんからな」

 

 身体が借り物であることも、俺がこの世界の住人でないこともクシナタ隊のお姉さん達には話してある。

 

(そう言う意味では、今更なんだけどね)

 

 何かあってからでは、遅い。

 

「スー様、すみません。お気を使わせてしまって」

 

「気にすることはない。ただ、魔物がやって来るかも知れない場所で長々と無防備な態を曝す訳にもいかん。だからこそ、尚のことどうしようかとな」

 

 正直、手詰まりだった。

 

(モシャスしたらどうかとも考えたけど)

 

 女の子になれば問題ないかというとそう言う問題でない上、魔法使いに変身すると何より腕力が目に見えて弱くなる。

 

「むぅ……」

 

「あ、あの……スー様、非常時ですし、填ってしまったのはハルナのせいなのですから」

 

 悩む俺を見かけたのか、覚悟を決めてしまったのかは解らない。

 

「そうか、すまん」

 

 ただ、解決策のない俺にお姉さんの申し出を断る事など不可能だった。

 

「あ、その……よろしくおねがいしますね?」

 

「あぁ」

 

 ここで動じてはお姉さんまで恥ずかしくなる、俺はポーカーフェイスを着くって頷くと、お姉さんの腰に腕を回し、お腹の辺りに抱きつくような姿勢をとる。

 

「っ」

 

 頭に柔らかい何かが乗っかった。

 

(駄目だ、気をとられちゃいけない)

 

 むしろ後ろから手を回した時の方が、このあと力を入れると拙いことになりかねないのだ。

 

(落ち着け、次だ、次。両足を樽の縁にかけて……)

 

 足と腹筋を使って、抱き込んだお姉さんの身体を抜くだけ。

 

「痛かったら言ってくれ」

 

「は、はい」

 

 緊張しているのか、返ってきた声は何処か上擦っていたし、抱いた身体は強ばって硬い。

 

「いくぞっ」

 

 不意打ちにならないように、声をかけ。

 

「ぐっ」

 

 力を込めつつもゆっくりと曲げた身体を伸ばすことで、お姉さんの身体を樽の外に引き出す。

 

(よし、上手くいってる)

 

 気のせいか、若干抵抗が弱い気もするが、レベルカンストと言うスペックの身体からするとこんなモノなのだろう。

 

「はぁ、いいか、このまま抜くぞ?」

 

「は、はい……あ」

 

 肯定の返事を聞いた瞬間、俺は一気に身体を伸ばした。

 

(よし)

 

 足の先には樽の感覚が残り、腕の中にはお姉さんの身体。

 

「ちょ、ちょっとスー」

 

「ん?」

 

 確信に変わりかけた間違いなく成功した、と言う気持ちは不自然に途切れたお姉さんの声で疑問に変わり。

 

「あ゛」

 

 視線を移動させ視界に入ってきたそれが何かを理解した時、俺は凍り付いた。一言で言うなら、お尻だ。しかも下着すら着けていない。

 

(そりゃ、ていこう も すくないわけ だよね)

 

 樽を引き抜く時に、はいていたモノが樽の口に引っかかったらしい。

 

(うああああああっ、やらかしたぁぁぁぁぁぁぁっ!)

 

 想像する中で最悪から数えた方が早いような大失敗である。

 

「あ、う、あ……きゃぁぁぁぁぁぁぁっ」

 

「す、すまん」

 

 こうして俺は再び世界の悪意と遭遇したのだった。

 

 




闇谷容疑者は「『すっぽん』って音立てて抜けそうだと思ったからこうなった、他意はない」などと意味不明の供述をしており――。

ハルナさん、ごめんなさい。これ は そう、しゅじんこう の せい なんだ。

次回、第四百四話「おねえさんといっしょ」


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