「確か、この辺りだったはずだが……」
ランシールに向かっていた足を止め、周囲を見回すと、少し先に有ったのは一つのクレーターだった。
「ふむ、やはりここで間違いはない、か。レミラーマ」
「あ」
こういう時、呪文は非常に便利だと思う。
「す、スー様、あちらです」
「そうか。少し認識とズレがあったようだな。助かった」
ハルナさんにお礼を言い、示された方向に進むと、草むらに散らばっていたのは、宝石や宝飾品。シャルロットを先に行かせて倒したおどるほうせきのなれの果てだ。
「あまり遅くなってはシャルロットが気に病むかもしれん、三百を数える間に回収出来るだけでいい、全てを拾い集める必要はないからな」
大丈夫だとは思うものの、ハルナさんにはそう釘を刺し。周囲への警戒は怠らないまま、落ちている指輪や首飾りのパーツだった真珠などを俺も拾って行く。
(原作で大量に手に入るゴールドがこのジュエリー由来だとするなら、全部で数千ゴールドにはなる筈)
お金に困っている訳ではないが、手の届く距離に居る上で価値を考えてしまうと無視して進むには抵抗がありすぎた。
(資金的な余裕はあるんだけど、何だか勿体ないというか……あって困るようなモノでもないし)
胸中で言い訳しつつの回収作業になったのは、罪悪感からだと思う。
(シャルロット、心配してるよなぁ)
最低限の宝飾品は既に拾っているので、ランシールに直行しても問題はない。
(そう言う意味では寄り道をしないことも考えたんだけど……)
ここに寄る理由が宝石拾いだけであったなら、おそらく寄り道も断念していたと思う。
「……マホカンタ。さて」
効果のなくなった呪文を小声でかけ直し、周囲を見回し、俺は考える。
(相手の正体が解らない以上、口笛を使って呼び出すのは危険だし、こちらに気づかれたら意味ないもんなぁ)
バラモス側の現状を知る方法を考えていた俺が思いついた方法の中、この地で行えそうなものはただ一つ。人攫いのアジトで出会ったアークマージのような魔王に仕える魔物から盗み聞きするか捕らえて聞き出すというモノぐらいだった。
(あれだけ高威力の呪文のあとなら、様子を見に来ても不思議はない)
以前俺が切り捨てたアークマージは、自分と戦うに足る強者の存在を知覚していた。ならば、この地に居る高等な魔物が正体のあやしいかげも俺という強者が近くにいることは気づいている筈なのだ。
「そこへ、高位呪文がぶちかまされたとすれば、俺なら確認に行く」
流石に危険が伴う為、ハルナさんにはアレフガルドの魔物や大魔王ゾーマの部下がイオナズンで出来たクレーターを見に来るかも知れないことは、そんな感じで説明してある。
(宝石拾いの時間を数分にしたのだって、のんびりするのはシャルロットに悪いと思っただけでなく、夢中になりすぎて魔物の接近に気づかない事態を避けたいとも思ったからだしなぁ)
物事に熱中しすぎると人は他への注意力が散漫になる。一応、俺も宝石は拾っていたが、今は殆どふりだけで意識は周囲に向けている。
「あ」
「ど、どうしました、スー様?」
「いや、何でもない」
その けっか、まえかがみ に なってる せい で こぼれおちそうな ハルナさん の なにか と そのあいだ に ある たにま が みえてしまった のは じこ だと おもう。
(落ち着け、俺。魔物がいつ現れてもおかしくない状況で、他のことに気をとられている余裕はない)
今は冷静に周囲の警戒をつづけるべきなのだ、ただ。
「……異常なし。爆発から暫し時間も経っているからな、やむを得んか」
警戒も虚しく、魔物が現れる様子はなかった。まぁ、そうホイホイ人型で言葉を話せる魔物がやって来るなら、苦労はしない。
(海岸で寄ってきたのは仲間を呼びそうな変態だったからなぁ)
あれはノーカウントでお願いしたい。
「この程度で良かろう」
俺はハルナさんに「宝石を拾うだけの簡単なお仕事」を終了する様に言うと、自分も立ち上がる。
「情報の収穫はゼロ、か。まぁ、宝石が集まっただけでも良しとしておくべきだろうな」
数こそ少ないもののお礼やお詫び用の品はこちらも確保出来た。
(些少のアクシデントはあったけど……うん、谷間事件のことは胸の奥にしまっておこう)
ご本人が気づいていないなら、わざわざ口に出す必要もない。知らぬが何とやらだ。
(それに、情報源を得られなかったのは残念だけど、仮に遭遇したとして、それが女の魔物だったら――)
捕獲出来たとしてもロープでぐるぐる巻き。呪文やブレスを使ってくる魔物なら猿ぐつわも要るだろう。
(どう かんがえて も エピちゃん にごう です)
猿ぐつわがあっては意思疎通もままならない。運ぶ途中、やけに暴れるなと思ったら、次の瞬間には悲劇が。
(OK、やみのころもを洗濯しないといけないような事態になるよりはマシか)
だいたい、情報源として生かしたまま捕らえるというなら、暴れないように束縛するのは男だった場合でも変わらない。
(まぁ、男ならカンダタ運びが出来るけど、あれはあれで視覚の暴力だし)
モノは考えようだな、と思った直後だった。
「本当で……、嘘は言っ……んから」
「あー、……た、解……。確かに、あの反応は……だった。あの死人使い……連絡も途絶え……まだ……」
風に乗って声が聞こえてきたのは。
次回、第四百八話「なにかきた」