強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百八話「なにかきた」

 

「ハルナ、魔物が来る。草の影に」

 

 咄嗟に俺は指示を出し、自分も身を伏せた。

 

(少なくとも二体か)

 

 考え方を変え、むしろ空振りで良かったと思ったすぐあとの登場には悪意を感じる。

 

(ま、文句言って状況が良くなる訳でもないし、今考えるべきはどうするかなんだけど)

 

 いっそのこと気づかれないうちに逃げ出してしまうのも一つの手だが、今は大丈夫でもいざ逃げ出そうとした時に気づかれる恐れもあるし、相手は魔物だ。

 

(ここでやり過ごしても数日後、ここを通りかかった時に襲いかかってきたとしてもおかしくはないんだよなぁ)

 

 倒すか、捕縛するか。

 

(こちらの安全を最優先に……ひとまずは様子見かな)

 

 先程聞こえた死人使いと言うのが海岸でオレンジ生き物と一緒に倒した青い肌をした変態のことだとすれば、連絡がどうのこうのと言うのが気になる。

 

(あやしいかげとしてこんな場所に居る理由は、あの洞窟のあやしいかげやおばちゃんと殆ど変わらないとは思うけど、よくよく考えてみるとゾーマの情報収集要員とかだったなら、どの辺りまでこの世界の情報を把握してるかとかも気になるし)

 

 想像したくはないが、ゾーマが俺にびびってギアガの大穴を閉ざし引きこもられたら、助けが来なくなってアレフガルドが終了してしまう。

 

(人攫いのアジトではアークマージの一人が裏切ったことにして、ピラミッドの怪しい影はミイラが自分達も襲うようになって逃げ出してるけど、ここはノータッチだからなぁ)

 

 精鋭が挑んで返り討ちに遭うような猛者が居たという情報が渡ってしまっては、洞窟の外で大立ち回りをやらかしたり証拠隠滅した意味がない。

 

(結局ここでも何らかの手を打つというのが、正解か)

 

 ゾーマには油断しておいて貰わないと、困る。

 

(さて……何が来る)

 

 とりあえず、小細工をすることに決めた俺だが、相手にするなら厄介な特殊能力を持たない魔物の方が好ましい。

 

「これは」

 

「ね、嘘じゃなかったでしょ?」

 

 息を潜め、声が聞こえていた方角を見つめたまま、待ちかまえると、聞こえてきたのは、地響きと会話と何かの羽ばたく音。

 

(うわぁい)

 

 外見は蝙蝠羽根の生えたシルエットでも、嫌な予感しかしない。

 

(地響きってことは相当重い魔物っってことじゃないですか、やだー)

 

 この身体のスペックを鑑みると引き摺るとか一瞬持ち上げるぐらいは可能だと思うが、抱えて運べるかと聞かれたら、首を横に振ると思う。

 

(キングヒドラの時はルーラで運べたけど、戻ってくることを考えたら、ここでルーラはなぁ)

 

 一応、モシャスしてモデルになった死体を担ぐという手もあるが、時間をロスする上に目立つと言う欠点がある。

 

(地響きがする程の重さをした魔物の身体が小さいとは思えないし、そんなのが二体重なってたら、ねぇ)

 

 せめてハルナさんがモシャスかレムオルの呪文を使えれば、二人がかりで何とか出来るのだけれど、無い物ねだりだ。

 

(だいたい飛んでる方だって無視していい訳じゃない)

 

 重量のありそうな方が処理に困る魔物だとすれば、飛ぶ方は視点の位置で厄介な魔物と言える。いくら伏せても上空から見られれば俺かハルナさん、あるいは両方が見つかる可能性もあるのだから。

 

(先手必勝かな。重量のある方は、タフだろうから)

 

 全力で攻撃を見舞い、屠る。

 

(やりとりを聞く限り、重量級の方が格上っぽいし)

 

 倒した上で翼の片方を斬り飛ばして地面に落とし、武器を突きつける。

 

(そこまでやって降伏しなかったら、その時はその時かな)

 

 ほのおのブーメランを取り出し、しかけるタイミングを見計らいつつ、密かに唱える呪文は、今日何度目かを忘れた反射呪文(マホカンタ)

 

(空を飛び、かつ人語を話しそうな魔物が使ってきた呪文で致命的っぽいのは、ザラキとマホトーン、あってラリホーくらいだったよな)

 

 うろ覚えだから見落としている可能性はあるものの、厄介な特殊能力持ちならば嫌な敵として覚えていた筈だ。

 

(やけつく息を吐く魔物もディガスのお仲間しか覚えはない)

 

 そも、反射呪文は保険なのだ。

 

「うぬぬ」

 

 クレーターを見つめ唸る魔物に俺は息を潜めて忍び寄り。

 

「あ」

 

「っ」

 

 上から声が上がった、瞬間、最後の距離を詰め、まじゅうのつめを填めたままの腕を突き込んでいた。

 

「ぐふっ」

 

 微かな弾力という抵抗を感じはしたものの、爪はシルエットの背中に深々と食い込み、俺は右腕を捻り、掌を上にしてから、すくい上げるように、切り上げた。

 

「ぎゃばっ」

 

 悲鳴と共に血を噴き出しながら倒れ込むシルエットは紫色の肌をした巨躯へと変わり俯せに倒れて行く。

 

「な、え? あ?」

 

 格上の仲間のあっけない最後に驚き戸惑う声が上空から聞こえるが、驚きに付き合ってやるつもりは、ない。

 

「墜ちろっ」

 

 空いた左手で投げたオレンジのブーメランは、炎を吹きながら上空のシルエットに肉迫し。

 

「ぎゃああっ」

 

 蝙蝠羽根の片方を断った。

 




本日の犠牲者:トロルキング

次回、第四百九話「かげの正体」

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