強くて逃亡者   作:闇谷 紅

458 / 554
第四百十一話「Mの処し方」

「ふぅ、とりあえずこれでいい」

 

 暴れて抵抗されるかとも思ったが、推定吸血鬼のあやしいかげは抵抗らしい抵抗を見せずに作業は終了した。

 

「ベホイミ」

 

 目隠しをし耳栓をねじ込んだ今なら、回復呪文を使用しても問題はない。

 

(会話が出来なきゃ聞き込みも無理だからなぁ。動かしたり触れるたびに悲鳴をあげられるのも困るし)

 

 まぁ、何にしても回復呪文をかけたことでその問題も解決した、とは思う。

 

「あとは、そっちのデカブツの後処理か」

 

 縛ったあやしいかげについては、ハルナさんに任せてしまってもいい。女性で魔法使いとは言っても、俺の影武者が出来る程度には体格が良いのだ。

 

「……やはり運ぶには手間がかかりそうだ」

 

 死体をゾンビに出来る技術があれば、横たわった死体に歩いて貰えば済む話だけれど、生憎俺は腰蓑の変態ではない。

 

(そう、変態じゃ……あれ? あの変態の死体を見本にモシャスすれば俺でも死体を操れたりするのかな?)

 

 ロクでもないというか外道過ぎる気もするが、効果的ではある。

 

(ついでにこのデカブツが仲間だった魔物とかに襲いかかったりすれば、魔物側はまた裏切り者が出たと思うだろうし)

 

 かく乱だけならモシャスで紫の巨人に化け、あやしいかげを見かけなかったランシールの近くに赴いて暴れるだけで良いが、死体を使えば俺自身は推定吸血鬼の姿になることで離反した二人を演出することが出来る。

 

(単独だと一緒にいた吸血鬼はどうなったって話になるもんなぁ)

 

 一応、裏切りに気づいたので始末したとかそれっぽい理由はつけられるものの、揃っていた方が信憑性は増すと思う。

 

「……と言った感じで魔王を欺いてみようと思うのだが。魔物にも大魔王に従うものとそうでない者が居ると以前魔物自身から聞いたことがあるからな。離反者が出ても不自然はないと思うが」

 

「スー様、ですが、その……うまく行くのでしょうか?」

 

「不確定要素も多いが、あまり時間をかけてはいられないからな。駄目なら駄目で最初に考えていた手段で死体を片付けるだけだ」

 

 腹案を明かし、返ってきたハルナさんからの指摘にそう答えると、俺は来た道を引き返し始めた。

 

(あの紫トロルと変態に繋がりがあるなら、ついでに変態の死体もちゃんと処置ておくべきだよな)

 

 死体の始末に奔走すると言う状況のせいで、殺人事件の犯人にでもなった気分だが、それもこれも元を正せば、この地域にあやしいかげが出ることをド忘れしていた俺のポカである。

 

(思えば以前、蘇生呪文についておばちゃんと話していたことがこんな形で関わってくるとは)

 

 おばちゃんは言っていた、当人の魂ではなく他者の魂を死体へいれようとすると魂と肉体が反発してしまい、くさったしたいのような魔物となってしまう、と。

 

(足し算の時は、俺が魂代わりをしてくれってホロゴーストに頼んだから、魂側が反発を抑えて成立した)

 

 だから、別の魂を流用することでゾンビ化させることぐらいなら何とかなる筈だ。

 

(この知識だけだと弱いけれど、モシャスであの変態の死霊使いとしての力を使えるなら)

 

 多分、動く死体にするところまでは上手く行く。

 

(問題は、制御だよな)

 

 暴走して何にでも襲いかかるトロルゾンビが出来ました、では笑えない。

 

(一応、それでも大魔王を欺くのには使えそうだけどね)

 

 あの変態が更に強力な手駒を欲して、紫トロルを謀殺、ゾンビにしようとしたがトロルゾンビが暴走、敵味方の区別無く襲い始めた。当地に出現した脅威は狂ったトロルゾンビであったのだ、と言う筋書きだ。

 

(ただ、暴走なんかしたモノを倒さず放置した日には、ランシールが襲われる可能性もあるし、物資を船に持って行く帰り道で俺達と鉢合わせなんて事だってあるかもしれないんだよなぁ)

 

 あやしいかげが出ることは船長達に伝えてあるから上陸した船員が犠牲になるとは思わないが、旅人が犠牲になる可能性はある。

 

(うん、やはりフリだけで失敗しておこう)

 

 これはいくら証拠隠滅のためとは言え、流石に踏み込んではいけない領域だろう。

 

(と いうか、こんな こうさつ を してる じてん で しっぱいする き が ひしひし するし)

 

 盗賊に備わった危機感知能力なのか、今までの失敗から学んだのかは解らないけれど。

 

「確か、この辺りで倒した筈だが……あれかって、ちょ」

 

 たぶん死霊術に手を出さないと寸前で方針を変えたのは、正解だったのだと思う。海岸に戻り変態を倒したと思わしき場所まで辿り着いた俺の口が、堪えきれず素の声を出してしまった理由からすると。

 

「す、スー様」

 

「あ、ああ。くさったしたい、だな」

 

 本来使役しているはずだった死体に集られる腰蓑を付けた何か。主が死んで支配が解けた反動なのかどうかはわからない。

 

(片付ける手間は省けたけど)

 

 臭いも目の前の光景も歓迎したい物とは全く正反対にあるものだった。

 

 




MはマクロベータのM

次回、第四百十二話「死霊術」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。