強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百十二話「死霊術」

「なにがどうしてああなったかは知らんが、ここでたむろされても邪魔になる。片付けるぞ?」

 

 変態の死体があるここは、小舟で上陸した場所なのだ。当然、用事を終えた俺達が帰路に通りかかる場所でもある。

 

(やるなら呪文で良いか。武器とか使うと臭い付きそうだし)

 

 シャルロットは同行していないし、あやしいかげの目隠しも耳栓も解除はしていない。

 

(ただ、また大きいのぶちかますと魔物が様子見に来るかも知れないからなぁ。確かくさったしたいには全ての攻撃呪文が効いた筈――なら)

 

 少し考えてから俺の選んだ呪文は、二つ。

 

「バギマ、ヒャダインッ」

 

「う゛ぉばっ」

 

「うお゛」

 

「お゛べっ」

 

 風に刻まれ、氷の棘の集合体が射出する棘に貫かれ、腐乱死体はバタバタと倒れて行く。広範囲呪文を混ぜたからか、腰蓑を付けた死体も巻き込んでいるが、群れのまっただ中にあったのだから、そちらはどうしようもない。

 

「す、すごい」

 

「殲滅完了、だな。さて……本来ならこういうのもどうかと思うのだが」

 

 周囲を見回し、腰蓑を付けた変態の持ち物と思わしき杖を拾い上げた俺は、ボロボロになった死体へと近づく。

 

「す、スー様?」

 

「魔物の中には蘇生呪文を使える者が居る。こいつと見た目が似た魔物にもな」

 

 海が近くて幸いだったと思う。杖に変態の死体を引っかけて持ち上げ。

 

「せぇいっ」

 

 全力で投げる。放物線を描いた青い肌の死体はやがて海面で水柱をあげ。

 

「ふぅ、これで死体が利用されることはあるまい。さて、戻るか」

 

 俺はかいても居ない額の汗を拭うと、そのまま踵を返す。

 

(とりあえず、あそこはあれでいい)

 

 腰蓑を付けた魔物の杖も手に入った。これを使って傷を付けた紫トロルの身体の一部か遺品でも残しておけば、謀反した魔物と戦ったという偽装にはなると思う。

 

(死体に出来る限り杖で傷を付けた上であの紫トロルにモシャスして運搬かな)

 

 体格に違いがありすぎる以上、寄り道せずどうにかするとなると他に方法はない。

 

(ランシールの村まで行けば消え去りそうが売られてるんだけどなぁ)

 

 寄り道どころか目的地まで行ってしまうような選択肢は最初から論外である。

 

(どちらにしても死体の始末の方はこれであとあのデカブツのみになる訳だけれど、縛ったあやしいかげへの聞き取りも残っているんだよね)

 

 仕留める所までは呪文を使うところも見せていない以上、シャルロットと会わせても問題はない。ただ、捕縛済みとはいえ人間に敵対的な魔物を村に持ち込むのは問題だろう。

 

(吸血鬼に関しては、村に行く途中で尋問して――)

 

 縛ったりした時、妙に怯えられたので、俺が脅せば情報は素直に吐いてくれそうな気はする。

 

「問題はその後、だな」

 

 生かしておくと要らない誤解が広まる可能性があるのだ。

 

(あの目、絶対誤解してるよなぁ、何処かの僧侶少女が大歓喜する方向に)

 

 腐った死体を操るのが死霊術なら、腐った少女を喜ばせるのは何というのだろう。

 

(じゃなくて! 今は死体の始末が先だ)

 

 別に、めんどくさいことや煩わしいことを先延ばしにしようと言う訳じゃない。

 

(死体運びだって充分めんどくさいからな)

 

 そもそも見ていて楽しいモノでもない。

 

「……さてと、戻ってきたな」

 

 だから、装備も出来ない杖で死体をひたすらぶっ叩いて憂さ晴らしするぐらい、許して欲しいと思う。

 

「バイキルト」

 

 もとより上手く扱えない武器なのだから、補助呪文をかけるのは、仕方ない。

 

「そして、壊れてしまったとしても、仕方ない」

 

「す、スー様?」

 

「いや、前に鉄の斧を無理矢理使おうとして壊したことがあってな」

 

 杖とはいえ、持ち主の変態はそれなりに高位の魔物だったはず、一撃や二撃で折れ飛ぶようなことはない、そう思っていた。

 

「でやあぁぁぁぁっ! あ」

 

 予想は、ベキッと言う音を伴って折れた。

 

「っ、なら折れた先でっ! ちょっ」

 

 短くなったら、折れにくくなると思ったのに、世界は無情だった。

 

「……ホイミで直らない、よな」

 

「さ、流石にそれは……」

 

「解っている、言っただけだ!」

 

 こうして俺は半ば自棄になりつつ杖と死体を壊し尽くした。

 

「うおおおおっ、杖などなくともっ!」

 

 くさったしたいの攻撃の偽装だと言いつつ最後は自分の爪にスカラをかけて引っ掻いていたりもしたけれど、割れた爪に回復呪文を使ったぐらいで無事偽装作業は終了し。

 

「さて、次はこの死体の運搬だが、お前と一緒に居るところを他の魔物に見られると流石に言い訳出来んな」

 

「あ、あの……それでしたら、服の中に隠れてはどうでしょう?」

 

「えっ」

 

 とんでもない申し出に俺が耳を疑っている間にハルナさんは言う、あれだけ大きな体ならば服と身体の間に一人二人隠れても遠目なら解らないと思います、と。

 

「い、いや、確かに大きさを鑑みればそうなるだろうが」

 

「スー様の足を引っ張ることになっては、申し訳ありませんし……どうぞお気になさらず」

 

「だ、だがな?」

 

 時間のロスを減らそうと申し出てくれたのが解るだけに強く拒絶することも出来ず、時間も無駄に出来なかった俺は、結局折れることとなるのだった。

 

 




死体バッシング、これが新しい死霊術?

ただのダイナミック不謹慎だと思う。

次回、第四百十三話「話を聞こうか」

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