強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百十四話「到着」

 

「ほう」

 

 あやしいかげは首を横に振った。

 

「では、こちらの世界に左遷されたアークマージの一人がゾーマを裏切り仲間を殺めたことも知らんか。まぁそんな情報が知れ渡れば赴任を承諾する者が居なくなるだろうからな、当然と言えば当然か」

 

 わざとらしくない程度の音量で独り言を口にすると、俺は更に言葉を続ける。

 

「まぁ、お前が小物だから知らされていないだけという可能性も残ってはいるのだがな」

 

 実際、吸血鬼はアレフガルドには出没しない魔物だ。あやしいかげに聞かせる形になった推測は俺が実際考えたことで、嘘はない。

 

(おばちゃんだって知っていたのは、バハラタの近くに洞窟があることだけだったし)

 

 情報が漏れることを嫌って、与える情報を制限していた可能性はある。

 

(うーん、アリアハンの国王も原作で最初に勇者を呼んだ時「世界の人々はいまだ魔王バラモスの名前さえ知らぬ」って言ってた気がするし、こちら側をバラモスに任せ、自分の情報は秘匿するつもりだったと考えると、納得は行く)

 

 そも、大魔王ゾーマは絶望大好き君だったような気もするし、完全に存在を秘匿しておいて、万が一バラモスが倒されても、自分が出てきてぬか喜びからの絶望コンボを味あわせようとしたなら、何処にもおかしいところはない。

 

(実際に原作のアリアハン王は完全に凹んでやる気を失ってたしなぁ)

 

 おばちゃんのカミングアウトなんかはきっとゾーマにとっても想定外だったのだろう。

 

(カンダタのアジトで俺に聞かれた上斬られた方は、せめてもの情けでカウントしないとして)

 

 ともあれ、情報の共有が為されていないなら、これ幸い。このあやしいかげにこちらにとって都合の良い情報を吹き込み持ち帰らせれば、人攫いのアジトでの偽装の仕上げが行えるかもしれない。

 

(ふぅ、フードとマントつけてて良かったぁ)

 

 お姉さんに影武者をして貰うための格好がこんな所で役に立つのは想定外だが、生かして帰すなら顔が割れていないのは重要だ。

 

(聞くだけ聞いて、吹き込むだけ吹き込んで解放する時には気をつけないとな)

 

 ひょっとしたらハルナさんと俺の名前を耳にしているかも知れないというのもネックだ。

 

(まぁ、俺はスー様呼びされてたし、スーザンも偽名だからなぁ)

 

 この身体の持ち主の名は、ヘイル。シャルロット達にはこの名前で名乗っているため、スーさんとかスー様と呼ぶのは、クシナタ隊のみんなとジパングの人達ぐらいだ。

 

(ジパングに立ち寄るのを最低限にして、ハルナさんには以後偽名を使って貰えば、対策にはなる)

 

 偽名の期間は大魔王ゾーマが倒されるまでと言うことになるか。

 

(今のペースだと一年もかからないと思うし)

 

 申し訳ないが、ハルナさんには辛抱して貰おうと思う。

 

「しかし、こうも情報原として役に立たないのは想定外だったな。おい、何か最近変わったことは無かったか? 指示や通達は?」

 

 落胆の演技をしつつ、猿ぐつわを解くと身の危険を感じたのだろう。

 

「そ、そう言えば……アークマージが一人派遣されて来るかも知れないって噂がありました」

 

 あやしいかげは、言った。

 

「アークマージ?」

 

「は、はいっ。何でも母親がこっちにで行方不明になったとかで、どの地域でもいいから派遣してくれと上に掛け合ったらしくて」

 

 問い返せば、出てきたのはもの凄く何処かで聞いたような話。

 

「……らしくて、と言うことは違うのか?」

 

「さ、さぁ……あなた様の言うところの下っ端の私が聞いたのは、こちらに派遣されるかもって話がいつの間にか聞こえなくなったってだけでして」

 

 ここで、この推定吸血鬼を責めるのはお門違いだろう、ただ。

 

(これ、かんぜん に おばちゃん さがし に いかない と いけなく なりました よね?)

 

 おばちゃんの居ない時に遭遇したら拙いことになる。

 

(このあやしいかげの話通りなら、この近辺に出るあやしいかげは殺ってしまっても大丈夫って事なんだろうけれど)

 

 ともあれ、貴重な情報を貰った手前、ここで「用済みだ」とはし辛い。

 

「約束だったな。俺達は我らが主のために動かねばならん。この辺りに放置しておけばそのうちお仲間が通りかかるだろう」

 

「えっ?」

 

「いいか、俺達が去ってから助けを呼ぶまでに二百数えろ。その前に仲間を呼べば呼んだ仲間ごとお前を殺す」

 

 言わば放置プレイという形のリリースだが、こうでもしないと素顔を見られてしまうのだから仕方ない。

 

「行くぞ」

 

 おそらく俺とあやしいかげとの会話を邪魔しないようにと黙っていたハルナさんへ声をかけると俺は忍び足で歩き出す。

 

(あの吸血鬼が助けを呼べば、この辺りの魔物の注意はあちらに向く)

 

 せいぜい利用させて貰うとしよう。散々手間をかけさせてくれたのだから。

 

「……見えた、あれだな」

 

 放置してきた囮のお陰か、単に忍び歩きで気取られなかっただけか、ようやく見え始めたランシールの村に、現金なもので俺の足は徐々に歩くペースをあげ。

 

「お師匠様ぁーっ!」

 

「……まったく、あいつは」

 

 いつかのように村の入り口へ立って手を振る弟子の姿に口元は自然と綻ぶのだった。

 

 




次回、第四百十五話「さいかい」

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