「成る程、そういうことだったんだな」
結果から言うと、きえさりそうを何故売っているかという謎は解けた。と言うか、娘さんが売り込んできたぐらいなのだ、店の方に赴けばどうなるかなど少し考えれば解る事だったかも知れない。
「はい、周囲の色に融け込む効果を弱め、かわりに長く続くよう調整することで傷消し剤の材料になるのですよ」
つまり、道具屋で売られていたのは単なる傷消しの材料としてだったらしい。
(家具なんかの傷を消すからきえさりそう、ね)
俺のよく知る透明化効果は、どうやら存在はするものの、それこそ犯罪に使われかねない為に職業訓練所など一部の施設でしか教えられないのだとか。
(魔物とかこの人みたいな道具屋、そして一部の人は例外と)
更に言うと、透明化呪文であるレムオルの代用の様な使い方をせず単に傷消しの材料として使う場合、小指の爪を八分の一ほどにした大きさに切られた根の欠片があれば良いとも道具屋の主人は教えてくれた。
(自分の身体を透明にする使い方で必要になる程の量を買い求める客が居たら、透明化用に買い求める客、と言う訳かぁ)
穴だらけに見えるようで、悪用は出来ないよう手は打ってあると言うことだろう。
(まぁ、原作で買い求めたのは勇者一行だったからなぁ)
一般人から見れば大量購入であってもネームバリューで悪用はしないと判断し、普通に売っていたのだと思う。
「しかし、傷消しの方の効果を知らないとは……きえさりそうの傷消し剤の認知度もまだまだですね」
「すまん、
透明化の方しか効果を知らなかったと弁明し、道具屋の主人へ詫びて見せたのは、一度きえさりそうの効果と偽ったことがあるからだ。そう、シャルロットの脱衣を有耶無耶にする為、とっさにレムオルの呪文を使ってしまった時に。
(あの時のことを突っ込まれたら、やばいもんな……はぁ、娘さんが色々教えてくれた手前、ここには寄らざるを得なかった訳だけど)
まさかこういう展開になるとは思っていなかった。
「詫びという訳ではないが、きえさりそうを幾つか貰おう。それから、支払いだがこの宝石で良いか?」
「え、宝石?」
「ああ、倒した魔物が落としていったモノだが……これだ」
このまま長居しては拙いと俺は鞄から取り出した宝石を頷きつつ店のカウンターへと乗せる。
「これは、なんと……戦利品と言われましたが、見たところ傷らしい傷もありませんね」
「あ、ああ。正直に言うとそれは無事だった分だ。他にも幾つかあったのだが、武器の一撃が当たってしまってバラバラになったものもある。この首飾りとかな」
商売人の顔になった道具屋に話題が逸れたことを確信し、密かに胸をなで下ろしつつ首肯すると、猛威と度鞄を漁って、首飾りだった真珠の一玉を脇に置く。
「おや? バラバラとおっしゃいましたが」
「それは首飾りのパーツだ。穴が空いているだろう?」
「あ、ああ。そう言うことでしたか」
こちらとしてはさっさと話を切り上げて店を出たいのだが、あちらも商売なのだろう。
「ともあれ、そう言う訳だ。支払いはこれで――」
ただ、その後もつれ込んでしまった値段交渉という戦いは、その単語で想像されるモノとはほぼ真逆のモノだった。さっさと退散したくて釣りは要らないと幾つかの宝石を置いて去ろうとした俺に、店主は言う。
「そんなには貰えないです、これところとこれで32ゴールドのおつりでどうでしょうか?」
「いや、なら残りは説明料としてくれればいい」
「ですが」
生真面目なのか、妥当な料金しか受け取ろうとしない店主に食い下がられ、交渉は尚も続き。
「……素直に金貨で払っておくべきだったな」
「え、ええと……お疲れさまです」
精神的疲労が隠せない態度にシャルロットが労いの言葉しかかけてこなかったのは、怪我の功名か。
(いや、シャルロットを癒やす筈が労われててどうするんだって話だけどね)
観光をしようにも買い物は荷物が出来るからと考え、後回しにしたせいで、もうまわるところは残っていない。この村の売りであり、結局明日行く神殿以外には。
「さて、どうするシャルロット? そろそろ宿に戻るか?」
残念村巡りの挽回を宿で出来るかどうかと聞かれると自信はないが、神殿へ足を運んでわざわざ傷を広げる必要もないと思った俺は振り返り、尋ねる。
「えっと……だ、だったら神殿に行ってみても良いですか?」
だが、シャルロットから返ってきたのは、想定外の答えだった。
「挑戦は明日だぞ?」
「はい、解ってまつ。けど、見つけられず迷っていた人も居ましたし、神殿はこの村の人の自慢みたいでしたから、一度……観光として見ておきたかったんです」
「そうか」
挑む当人がここまで言うのであれば、俺としても反対する理由がない。
「た、ただ……今……る時は……」
こちらを見ず何かブツブツ呟いている辺り、シャルロットにも思うところがあるのだろう。
「確かに自慢するだけのことはあるのだろうな」
そう言えば道具屋に来る途中では、神殿を見に来たという若い夫婦ともすれ違っている。
「観光客というと……バハラタにも居たか?」
魔物が跋扈し、外は危険だというのに豪気だというか何というか。
「まぁ、新婚旅行を気軽に楽しめる世界にする為には……大魔王を倒さねばな」
「え? ……は、はいっ」
俺の独り言に何故か驚いたシャルロットは次の瞬間、何故か力強く頷き。
「そ、その為にもまずはオーブですね? お師匠様、ボク、必ずオーブを手に入れてきます!」
「あ、ああ」
何故か気合いの入りまくったシャルロットへ腑に落ちないものを感じつつ、俺は歩き出したシャルロットの後を追ったのだった。
主人公、完全にやらかす。
次回、第四百十九話「そして、次の日」