強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百二十一話「あるいみあさしん」

「あれ?」

 

 立ちつくすシャルロットの横を俺が透明のまま通り抜けたのは、等間隔に柱が立つ通路でのこと。

 

(危ないところだったな、いきなり扉があるなんて)

 

 さいごのかぎが無い事へ気づくのがもう少し遅れていたらどうなっていたやら。

 

(ともあれ、最初の関門はクリアだ)

 

 透明化呪文の効果が切れる前に柱の影へ身を潜めると視線をシャルロットへと戻す。

 

「うーん、他にも挑戦してる人がいるのかな? だったら、急がないと」

 

 ただ、既に開いていた扉の謎を先人がいるという解釈でシャルロットは自己解決したらしい。

 

(え? ちょ、シャルロットさん?)

 

 もちろん、この流れは、想定外だ。だが、少し考えてみれば解る事だった気もする。

 

(そりゃ、勝手に扉が開いてたら、罠と警戒するか先に誰かが言っているかの二択だよなぁ)

 

 慌てて追いかける俺が思い出したのは、シャルロットにしたアドバイスの幾つか。

 

(情報源は、冒険者からって言ったものあったっけ? あれは別のだったかな)

 

 どちらにしても内部のことを語ってしまえば、そこまで行った誰かがいたと言うことでもある。シャルロットが先に行った人がいると誤解する土壌は俺が用意したようなものだ。

 

(いや、一度に一人しか挑戦出来ないようにしてて、扉は前に人が挑戦した後に閉め忘れたものだとか説明するって手もあるけど)

 

 シャルロットが神殿の人に確認をとれば嘘がばれてしまう。

 

(ここは予定を変更して謎の人物として姿を現してみるべきかな……ん?)

 

 そこまで考えて、ふと閃く。

 

(よくよく考えてみれば、ここは洞窟で魔物が出没するんだよな。だったら魔物のせいにしてしまえばいいじゃない)

 

 この世界では魔物も生きている。扉の裏で侵入者を待ち伏せするため、扉の開閉の音で侵入者の到来を感知するなどの理由で扉を閉めることもあれば、逆にモンスターが自分の都合で扉を開けることもあるだろう。

 

 反省すべき点は、まだ多い、多いが。

 

(って、一人反省会してる時間はないな、追わないと)

 

 開かれた扉の向こうにシャルロットが消えようとしているのに気付き、柱の影を飛び出す。

 

(この先どうなっていたっけ? 仮面の通路があったのと、箱に化けた魔物がいることは覚えてるんだけど)

 

 こういう時、原作知識の中途半端さを煩わしく思う。

 

(いや、手元に原作があるとかネットに接続出来るとかでも無い限り、端から端まで原作の出来事を覚えてたりなんて普通は出来ないけどさ)

 

 人並み外れた記憶力があるなら話は別だろうけれど。

 

(と、言う訳で今回は声に出さず、ジャンピング・ボレーシュゥゥゥゥゥ!)

 

 だから、たまたま目についた水色へ咄嗟に足が出てしまったのも、仕方がないことだと思う。

 

(うーむ、浮いてる上に触手つきだと微妙にこれじゃない感があるなぁ)

 

 一撃必殺、相手が気づかぬうちに触手付き水色生き物をしとめた俺は蹴りが命中した瞬間にくすねた「ちからのたね」を弄びつつ、再び駆け出す。

 

(襲われて見失ったら元も子もなかったわけだし、さっきのは緊急避難だよね)

 

 決して八つ当たりではない。客観的に見ると、ホイミスライム自体に脅威はなさそうに見えるかも知れないが、あの魔物は仲間の傷を癒すという厄介な呪文が使えるのだから、倒すという判断は間違っていなかったと思う。

 

「えっ? ボクと一緒に来たいの?」

 

 むしろ、倒して失敗と言うモノがあるとすれば、シャルロットの前で羽音を鳴らしている蠍とも蜂ともつかないものではないだろうか。

 

(うん、シャルロット限定だけどね?)

 

 こう、ああ、いつもの奴かとでも言えば良いのか。どうやら、倒れた魔物が起きあがって仲間になりたそうに見て来た、と言うことなのだろう。

 

(あれは、ハンターフライだっけ?)

 

 バハラタ周辺で何度か戦ったことのある魔物だが、はっきり言って弱い。

 

(どっちかって言うと数で押してくる魔物のイメージだしなぁ)

 

 同行させたとしても、この先生きのれるかどうか。

 

(この先、生きのこれる……この先生、きのこれる)

 

 何故だろう、この文が出てくるとどうしてもキノコ系の魔物を想像してしまうのは。

 

(駄目だ駄目だ。気にすると謎のキノコ劇場が始まってしまう)

 

 ここで想像による脱線はあり得ない。

 

「うーん、一人で挑めって言われてるからなぁ……」

 

 じっと観察する先でシャルロットは俺の気にした点とは別の問題で悩んでいるようで、虫の魔物はボバリングしつつシャルロットの答えを待っている。

 

(どうする、シャルロット?)

 

 ついて来させる場合、若干ではあるがこちらが何処かの暗殺者よろしく姿や気配を消してついて行く難易度は増す。

 

(ただ、受け入れないパターンだと、あの魔物がどうするかがなぁ)

 

 立ち去るとは思うが、こっちに向かって去ってこられたら、鉢合わせである。

 

(この洞窟、他にどんな魔物が出没したっけ)

 

 目の前で続くまだ結論のでないやりとりが最初の一回にしか過ぎないことに気づいた俺は、若干遠い目をしつつ天井を仰いだ。

 




果たして、シャルロットはどちらを選ぶのか。

次回、第四百二十二話「るーるとせんたく」

柱の部分、ひょっとしたら立像かも知れません。



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