「聖職者ってぇ、身体を神様に捧げてますよねぇ?」
だからといっても自分は乙女なのですぅと僧侶の少女は言う。
「だからぁ、男の人と男の人が一緒に居るとついつい想像してしまうじゃないですかぁ?」
「そう言うモノなのか?」
何やら同意を求められたので女性陣に話を振ってみるも、俺は答えを予想していた。
「いいえ、ありませんわね」
魔法使いのお姉さんはばっさり切って捨て。
「うん、ボクもそう言うことはないかなぁ」
シャルロットは、困ったように苦笑しつつ目をそらし。
「その、そう言うことは無いです、ごめんなさい」
バニーさんは恐縮した態でペコペコ頭を下げる。
(あー、うん。そうなるよなぁ)
解っては居た、だが、此処で全員が肯定してきたら俺は全力で逃げ出す自身もあった。
「ひ、酷いですぅ」
「と言うか、了承を得ず口も憚るようなモノに登場させるのも大概に酷いと思うのですがな」
めそめそと泣き真似をし出す少女にすかさず僧侶のオッサンがツッコんでいたが、まぁ、されたことを考えれば無理もない。
(って言うか、これ、下手すれば俺も被害に遭うよなぁ)
さっきまでさんざんシリアスな内容で悩んでいたのに、気が付けば謎のピンチに見舞われているという不条理。
「ですけどぉ、わたしぃ挫けません! より心ときめくお話を書いて皆さんに男の人同士の恋愛の良さを理解して貰うのですぅ」
「……だそうだが?」
ぶっちゃけノーサンキュー以外の何ものでもないのだが、即座に拒絶するのも角が立つような気がして、僧侶のオッサンを振り返ってみると。
「私の指摘は無視されたようですな」
凄く遠い目をして呟いていた。
「つまるところ、言っても無駄と言うことか」
「なんや、とんでも無いとこに来てしもうたなぁ……」
「かもしれんな」
新人のもう一人、商人のオッサンと仲良くやれそうな気がしたことは、怪我の功名か。
(自己紹介聞きそびれてたもんな、商人と言うことは交易の件でアドバイス貰うこともあるかもし)
そこまで考えたところで、俺は視線を感じ、固まる。
「うふふふふふ、創作意欲が湧いて来ましたぁ」
振り返るまでもなかった、声が聞こえてきたこともあるが少女の趣向を考えれば、俺の行動は腹が減った狼の前に肉を投げ込む様なモノだったのだから。
「これは、いけますぅ。けどぉ、ちょっと迷っちゃったりも。どっちが攻――」
「何というか、ご愁傷様ですな」
気が付けば、僧侶のオッサンが仲間を見るような優しい視線でこちらを見ていた。
(のぉぉぉぉぉぉぉぉっ)
一応、弟子の手前。俺は心の中でだけ叫んで、シャルロットに向き直る。
「そう言えば、どうしてこういう人選になったかをまで聞いていなかったのだが」
「えっと、この人がミリーの代わりをしてくれれば男の人でもあの修行出来るかなぁって……」
「代わり?」
この時点で猛烈に嫌な予感はした、だが質問した手前聞かずに終わるのは不自然だったのだ。
「その、お尻を……男の人のお尻が好きなおん」
「もういい、わかった」
答えが想定内だったからこそ、顔を赤くしモジモジしつつも答えようとしていたシャルロットを制し、俺は僧侶の少女を盗み見る。
(男の人の尻が好きって、つまりは、そう言う趣味だからなんだろうなぁ)
お尻そのものも好きというフェチズムまで持っている可能性もあるが、考えないことにした。
「何て言うかぁ、実物を触ったり感触を確かめられたらよりリアリティのあるお話が書ける気がするんですよぉ」
と言うか、考える必要も無かったらしい。こちらの心を読んだのかと疑いそうになるほど狙ったかのようなタイミングで、登録所の人がお尻好きと断じた理由を自分から少女は暴露したのだから。
「えっと、『頑張り屋さん』だそうですよ?」
「日々わたしぃの作品が理解して頂けるようにぃ、頑張ってるのですぅ」
シャルロットの添えた補足に呼応する少女を見て、俺は思わず心の中で叫んだ。
「頑張る方向間違いすぎてるんですけどこの娘ぉ」
と。
(いや、まぁ……冷静になって考えれば、『修行』で犠牲になるのは僧侶のオッサンと商人のオッサンだろうけどさ)
妄想と冒涜的な書物の題材についてはレベルも力量も関係ない。まして、一度ロックオンされてしまっているので「商人のオッサンとのお話」とやらは確実に作成されるだろう。
もちろん、世に出回る前に書き上がる直前辺りを狙って全力で奪還し、処分するつもりだが。
「ともかく、修行の方はちゃんと考えてたようだな。及第点をやろう」
「あ、ありがとうございまつ」
色々言いたいこともあったが、敢えて飲み込んで頭を撫でてやるとシャルロットの顔がぱぁっと明るくなる。
(まぁ、僧侶のオッサンの修行についてはメドが立ってなかったもんな。この一点だけ見ればグッジョブとも言えるし)
何だかんだでシャルロットも色々考えていたのだ、褒めるところは褒めるべきだろう、噛んだことは気づかないふりをするにしても。
(これで当面の問題は片づくだろうな、シャルロット側の方は)
問題があるとしたら、俺がほこらの牢獄で拾ってきた方だ。
(サマンオサかぁ)
心情的にも実利的にも処刑される人々は助けたい。何せ、処刑された人間にはザオリクが効かないのだから、放っておいて後で蘇生という手は使えない。
(処刑した人間の蘇生が可能じゃ刑の意味がない、言われてみればそうだけど)
納得出来るかというと、別の話。
(勇者は神に選ばれた者、ねぇ)
サイモンやシャルロットの様な勇者とその仲間は例外らしいのだが、だからこそサイモンはへんぴな場所の牢獄に放り込んで放置という方法をとったのだろう。
(と言うか蘇生が可能な条件とかについても神父さんを交えてもう少し詳しく聞いておくべきだったかもな)
ボストロールと戦うかという大きな問題への答えが出せなかった為に、考えを纏めたいと教会を後にしてしまったが、切り上げていなかったらもっと話は聞けたかも知れない。
(人を救いたいと言っておきながら、結局はボストロールと戦うのにビビッてるだけだもんな)
自分で自分が嫌になる。シャルロット達が足手まといになるとか、計画がおじゃんになるとかなんてただの言い訳に過ぎないのだ。
(違うって言うなら、考えついてみろよ。シャルロット達を守り、サマンオサの城と王と人々を救う方法を)
声には出さず、自分で自分に罵声をぶつけてみるが、答えは出ない。
(どうしたら……)
「お、お師匠様?」
シャルロットの頭に手を置いたまま、俺は胸中で何度目かのため息をついた。
仲間達との交流に一時、苦悩を忘れた主人公だったが、我に返ればそれは再びやってくる。
怯える自分の臆病さを疎んじ、答えの出ない歯がゆさに焦燥感を抱きつつも、まだ光明は見いだせず。
ただひたすらに悩むのは、この決断が分岐点たり得るからでもある。
悩み、悩み抜いた末に彼が決めるのは、戦う道か、逃亡か、それとも。
次回、第四十話「答えを求め」