強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百二十三話「ですとらっぷ、なんとか」

「うーん、いくら何でもこんなに入り口から近い場所にオーブはないよね」

 

 足跡を辿ってようやくその背中を見つけたシャルロットは、丁度宝箱の前で腕を組んで唸っているところだった。

 

(とりあえず、セーフか。しかし、あの位置じゃ近寄ってこっそり宝箱に識別呪文(インパス)を使うのも無理だよなぁ)

 

 宝箱の中身を確かめる呪文は箱自体を発光させる。いくら透明になっていようとも、箱の発光は隠せない以上、シャルロットからすればいきなり箱が光り出したという怪奇現象と遭遇することになってしまう。

 

(どのみち危なくなったら加勢しちゃうだろうけど……あれの中身がアイテムだったら、ただの自爆だし)

 

 介入すべきか、控えるべきかが悩ましい。

 

(うーむ、ここは俺の素早さに賭けるしかないか)

 

 最終的に俺が選んだのは、いつでも攻撃出来る姿勢を作りつつ様子を見るという中間案。

 

(ここまでついて来ておいて言うことじゃないかもしれない。でも、シャルロットを信じよう)

 

 元々一人で受ける試練なのだから、まだ俺が出るべきタイミングでもない。

 

「お師匠様も魔物が化けた宝箱があるかも知れないって仰ってたし……よーし」

 

 そのお師匠様が後ろで見守っていることにも気づかない様子のシャルロットは、宝箱に背を向けず十数歩下がると、無限ループで投げていたほのおのブーメランを手に大きく振りかぶる。

 

(え? ちょ、しゃるろっとさん?)

 

 中身を魔物だと確認したのか、目は宝箱を捕らえ。

 

「やあっ」

 

 投じられたオレンジのそれが迫った瞬間、宝箱は横に飛んだ。

 

「魔物! お師匠様の仰ったとおりだ」

 

 明らかにブーメランを避けられたのにシャルロットは口元を綻ばせ。笑みの理由は、戻ってくるブーメランによって明らかとなった。

 

「アガッ」

 

 使用者の手元に戻る軌道を遮る形で先程飛び退いた箱の魔物がいたのだ。

 

(シャルロット、まさか最初からこちらを当てるつもりで――)

 

 ブーメランが飛んだルートを思い起こすと、もし宝箱が魔物でなければ、ほのおのブーメランは箱をかすめつつも直撃はせずシャルロットの手元に戻ったと思う。

 

(わざと攻撃する姿勢を見せて魔物を引っかけたのか)

 

 シャルロットらしくない作戦だが、俺もシャルロットが宝箱を魔物だと確信していると誤解した、当の箱の方も同様に騙されたのだろう。

 

(なんという、いんぱす)

 

 箱が魔物だった場合、そのまま戦闘に突入してしまうと言うデメリットはあるが、一撃を先に入れられると考えれば無策で箱を調べるよりはいい。

 

(原作じゃ出来ない力業だけどさ、うん)

 

 ともあれ、俺の出る幕はなさそうだった。

 

「ザ」

 

「ギガデイン」

 

 ブーメランをキャッチした瞬間、シャルロットの呪文詠唱が終わったのだ。

 

「ギャアア」

 

 光が部屋を満たし、箱の絶叫を雷の爆ぜる音が途中でかき消す。

 

(……あの箱の魔物、ミミックが最後に唱えようとしていた呪文)

 

 キーワードの最初一音からすると、即死呪文。際どいタイミング出はあったのかも知れない。

 

「ふぅ、危なかったぁ」

 

 だが、シャルロットは勝利した。

 

「けど、宝箱の魔物への対処法もだいたい分かったし、次からこれで行けばいいよね?」

 

 その ひとりごと を こうてい すれば いいのか、つっこめば よかった のか おれ には わからない。

 

(ただ、ひとつ……言うべき事があるとすればな、シャルロット)

 

 起きあがった箱の魔物が仲間にして欲しそうに見ているぞ、だろうか。

 

「さぁ、次はどっちにいこう?」

 

 倒されても箱の魔物は箱の部分が残るからか、背を向けたシャルロットは気づかず小部屋を後にしてしまい。

 

(えーと)

 

 一箱残され、寂しげにシャルロットの消えた通路を見るミミックを見て、いたたまれない気持ちになった俺は、気づけば荷物からロープを取り出していた。

 

(流石にこのまま放置は可哀想な気もするけど、俺の存在を気取られるのも問題だからなぁ)

 

 ミミックの目は箱の中にある。急襲して箱を閉じ、ロープで縛れば、形状上、何も出来ない筈だ。

 

(蓋が開かなければ呪文も唱えられないし、噛み付くことも不可能)

 

 体当たりぐらいは出来るかも知れないが、縛った箱を密着する形でくくりつければそれもままならないと思う。

 

(何者かに襲われ、掠われたところを助けてくれたのがシャルロットって事になれば、さっきの展開もごく自然な形で仕切り直し出来るだろうし)

 

 あっさりシャルロットに破れた目の前の箱だが、即死呪文が使える上、普通の人間が一度動く間に二回行動が可能と、味方としてみればそこそこ使える能力を持っている。

 

(まぁ、即死呪文は効かない敵も結構いるんだけどね)

 

 ただしこの魔物は精神力を奪うマホトラの呪文も使うことが出来る。故に、即死呪文を使いまくっていざというとき精神力が足りないという事態にはなりづらい。

 

(そもそも使いまくれる程最大MPなかった気も……ま、いいか)

 

 それはそれ。一見すると宝箱というこの魔物の形状は、町中などでも連れ歩きやすい。

 

(仲間の魔物が増えすぎるのはあれだと思うけど、こいつは確保しておかないと)

 

 俺は決断するなり、シャルロットとの戦闘で消耗している箱を急襲し、縛り上げたのだった。

 




主人公の危惧、ギリギリ杞憂だった模様。

次回、「それってはんそくじゃありませんか?」

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