強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百二十五話「あの仮面、壊しちゃ駄目なのかな?」

「右と左かぁ……どっちだろ?」

 

 慌てて階段を下りていた筈が、数段残して急制動をかけるハメに陥ったのは、割と近い場所からシャルロットの声が聞こえたからだった。

 

(あ、危なかったぁ)

 

 呟きの内容からするに、おそらく分かれ道があるのだろう。

 

(たぶん、分岐でどっちに進むか悩んで立ち止まっているんだろうけど、俺もどっちが正解ルートか覚えてないからなぁ)

 

 間違った方を選びシャルロットが引き返してくる可能性があることを織り込んだ上で尾行せねばならない。

 

(外れルートの方がミミックとの再会をさせやすいけど、正解がどっちかを覚えていない以上、どっちにも対応出来る心構えでいかないと)

 

 ここまで気づかれずに来ているというのに、最後の最後で尾行がばれたら恥ずかしすぎる。

 

(いや、恥ずかしいだけじゃないか)

 

 扉を開けたのは俺ではと疑われるだろうし、扉以外はシャルロットが独力で攻略しているというのに不正をしたとシャルロットは思ってしまうだろう。

 

(うん、まぁ、ばれたら他にも色々拙いよな。だからこそ、ここからは本気で行かないと。いざとなればきえさりそうを使うって手段もあるし)

 

 ここまで来たらあと少しだ。

 

「さっきは左に行って延々と同じ道を進まされたから、今度は右かな」

 

 前方のシャルロットの方もようやく決心が付いたようで、聞こえてきた声に続く足音が右手の方へと遠ざかり始める。

 

「オーブを持って帰ってきたら、お師匠様褒めてくださるかなぁ? ふふ」

 

 階段を下り追跡を始める俺に前方からそんな呟きが聞こえてきたのはその直後。

 

(しゃるろっとさん、ひょっとして きづいて いらっしゃいますか?)

 

 そんなことは無いと思う。まだばれていないと思うのに、戻ってきたら褒めてやらないと行けない流れにされてしまった気がする。

 

(しゃるろっと、おそるべし)

 

 まぁ、いつまでもそんなふざけた空気で居ていい筈もないのだけれど。

 

(この先がおそらくは例の「引き返せ」コースだからなぁ)

 

 この辺りで登場しなかったら、もう他に出番がない気がするのだから。

 

(しかし、原作じゃ台詞って文字だったしどういう声色かとかちょっと興味はあるんだよな)

 

 と、余裕を保っていられたのは、この時までだった。

 

「ひきかえせ」

 

 前方で通りかかったシャルロットに向かって仮面がしゃべり。

 

(おお、原作通り……って、あれ? と言うことは尾行してる俺にもあの仮面って反応するんじゃ?)

 

 俺はこのムード作り程度でしかないギミックが最悪のトラップであることを悟る。

 

(しまったぁぁ! これって、俺が通っても「引き返せ」って言われちゃうじゃん!)

 

 原作では勇者一人で挑んだ記憶があり、レムオルなんて使えなかったので、透明で切り抜けられるかも定かではない。

 

(どうする、口元を一つ一つ塞ぎながら後を追う? けど、塞ぐ前にしゃべられたりするかも知れないし、塞いでもくぐもった声とか漏れるかも知れないからなぁ)

 

 厄介すぎる罠に、つい。

 

「あの仮面、壊しちゃ駄目なのかな?」

 

 とか俺が思ったとしても仕方はないと思う。

 

(いや、早まっちゃ駄目だ。この仮面、一人で挑んでいるかを確認するための監視装置という側面を持っているのかも知れないし)

 

 下手に反応させてはオーブを持って帰ってきたシャルロットが神殿で止められて失格を言い渡される何てことも考えられる。

 

(仕方ない、もうこのタイミングでやるしか無いよな)

 

 俺は決断すると、背負っていた箱を降ろし、表面に「人間に尻尾を振る裏切り者」とだけ書いてからシャルロットの足下めがけ、石を投げる。

 

「え?」

 

 そして、石に気づいたシャルロットが振り向いた頃にはきえさりそうを使った俺の姿は自分でも知覚出来なくなっていた。

 

「あれ? 宝箱? さっきはこんな物無かったのに……」

 

 だが、ミミックの方には気づいてくれたらしい。

 

(ふぅ、とりあえずこれでこっちは片づいたな)

 

 シャルロットがオーブを手に入れるところまで見届けようかとも思ったが、仮面がある以上、ここから先へ進むのは厳しい。

 

(出来れば反対側をチェックして来たいところだけど、挑戦者以外が通ったって証言が出たら拙いからなぁ)

 

 後ろ髪を引かれる思いはあったが、シャルロットが戻る前に神殿へも戻らなければならない。

 

「ここから先は……シャルロットを信じて待つしかないか……」

 

 きえさりそうの効果が切れる前に出口に戻って、シャルロットの新たなお友達をやり過ごし、神殿へ戻るためにも。

 

(とりあえず、ミミックとの再会は上手くいったみたいだしなぁ)

 

 嬉しそうに道を戻って行く箱の魔物を見送った俺は呪文を唱え始める。

 

「ひきかえ」

 

「待っていてくださいね、お師匠様! 邪魔だっ、ギガディン!」

 

 仮面の言葉を完全に無視して、攻撃呪文で敵を蹴散らすいつもと別人のようなシャルロットの声とか、魔物の断末魔なんて聞かなかった。俺は聞いていない。

 

(戻ってきたら、一度きっちり話し合った方が良いのかも知れないな、うん)

 

 何処か遠い目をしつつ、完成させた呪文は俺の身体をこの洞窟深部から外へと運び出すのだった。

 

 




うごご、縛りプレイとはなんだったのか。

次回、第四百二十六話「ゆーしゃのきかん」

いかん、タイトルがネタバレしとる?!

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