強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百二十六話「ゆーしゃのきかん(閲覧注意)」

「さてと……」

 

 リレミトの呪文で脱出し、残っていたきえさりそうの効果によって入り口にたむろしていたモンスター達をやり過ごせば、選べる選択肢は二つだった。

 

(ここで少し待ってシャルロットの無事を確認するか、さっさと戻ってハルナさんと交代するかかぁ)

 

 神殿に今戻れば、交代に要する時間をここで待つよりも多くとれる。

 

(神官っぽい人が居る前での交代は割とめんどくさそうだけど……)

 

 これについては、腹案があった。少々下品な策ではあるものの。

 

(待ってる仲間も生きた人間な訳だからな)

 

 生理現象をもよおした、つまりトイレに行きたいと言って戻るぐらいならば許されると思うのだ、奥に進む訳ではないし。

 

(そして、トイレと見せかけて視界から消えた間に交代して戻ってくればいい)

 

 ただし、この交代用のアイデアもシャルロットを待っていると使えなくなる。時間的に席を外している間にシャルロットが戻ってくる可能性があるからだ。

 

「お師匠様、ただいま戻りました! あれ、お師匠様?」

 

「お前の仲間なら、今用を足しに行っておる」

 

 何てやりとりが交わされたら、色々な意味で台無しである。

 

(うん、やっぱりこのまま引き返すのが正解だな。格好つかないし、戻ってきた時トイレに行っていたはあり得ない)

 

 もし逆の立場だったらと考えると気まずいし、生理現象の我慢を強いるのもどうかと思う。

 

(って、あるぇ? 影武者のハルナさんも声が出せないから、今トイレに行けないんじゃ……)

 

 そして、どうかと思った直後にこのうかつさである。樽に填っていた時にも大変な思いをさせたというのに。

 

「急がないと」

 

 長く待つ状況を想定して、朝、トイレに行っていてくれたと信じたいが、希望的観測だけでのんびり刷る訳にも行かない。

 

(急げ、急げ、急げっ!)

 

 己がミスを埋め合わせるためにも俺は全力で神殿まで砂漠を疾走し。

 

「フシュアアアッ」

 

「ギャアッ」

 

 都合接触そうだった魔物達を蹴散らしながら短い森を抜け、やがて神殿の入り口に到達する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……レムオル」

 

 かなり全力で走ったせいか、呼吸は乱れ。それでも呪文だけは唱えてハルナさんの元に向かう。

 

「待たせた。これからトイレに行きたいと申し出て、人目につかないところで交代しようと思うが、いいか?」

 

 神官に聞こえぬよう、ハルナさんの後ろに回り込む形で囁くと、一瞬肩を跳ねさせたハルナさんは微かに頷き。

 

「……済まないが、用を足してきても良いだろうか?」

 

 シャルロットも脱出する時は呪文を使うだろう。となれば、待たずに来たが時間的な猶予はあまり無いと見ていい。

 

(こっちは最低でも透明呪文の効果が切れるまではトイレに行ってることにしないといけないからなぁ)

 

 同時に呪文の効果が切れる前に神殿の主の前から移動しないと拙い。単刀直入に言ったのだって当然だった。

 

「よく申し出たシャルロットの師よ! ここは勇気を試される神殿じゃ。例え一人でもトイレに行く勇気がお前にはあるか?」

 

「は?」

 

 だが、帰ってきた答えには耳を疑った。

「いや、様式美という奴でな。その……何だ、ここのところめっきり挑戦者が減っていてな。神殿を見物しに来る者は居るが新婚旅行の若夫婦に『一人』でなどと言う訳にもいくまい? 飢えていたのだ、この言い回しをする相手に」

 

「……とりあえず無視してトイレに行かせて貰っていいか?」

 

 厳かな感じをさせつつ、存外お茶目だったと思うべきか。もうやだこの神殿とでも言うべきか。

 

「では行け、シャルロットの師よ! ちなみにトイレは左手の突き当たりだ」

 

 ばっと右腕を突き出し、のたまった神殿の主へ、爆発呪文の一つも叩き込んでもどこからも文句はでなかったと思う。

 

「ちなみにわしは夜のトイレに行く勇気なら、ない!」

 

 さらに余計なことまで付け加えるぐらいなのだ。

 

(シャルロット、とりあえず俺の理性が残っている内に戻ってきてくれ……)

 

 戻ってくるまで延々とアレの話し相手をしなければ行けない可能性に気づいた俺は、密かに願う。

 

(しかし、ハルナさんはよく我慢出来たよなぁ。あ、話してないから話しかけられもしなかったのか)

 

 業務以外で口を開いたら残念というよい見本であったのかもしれない。

 

(シャルロットが戻ってきたら、その辺り、忠告しておこうかな)

 

 あの神官がシャルロットに変なことを吹き込んでいる所は見たことがないが、警戒していても損はあるまい。

 

「……すまんな、ハルナ。あの男があんなにふざけた男とは思わなかった」

 

 とりあえず、トイレについたところで俺はハルナさんに謝罪すると、続いてちきゅうのへそであったことを伝える。

 

「魔物を仲間に、ですか」

 

「ああ。こちらは、だいたいそんな感じだった。ひょっとしたら、シャルロットが連れ歩けない魔物をジパングへ連れて行って欲しいと言い出すかもしれんのでな。ジパングへの出発はもう少し後に出来るか?」

 

 入り口でスルーした魔物達を見て感じた危惧も鑑み、そう要請しておく。

 

(ミミックはともかく、あのでかい昆虫は流石になぁ)

 気のせいでなければモシャスで変身したこともあった気がするが、村の中を連れ歩くのには無理がある。

 

「さて、俺は戻る。あまり長居してシャルロットが戻ってきていたら急いで戻ってきた意味もない」

 

「は、はい。では、宿屋でお待ちしていますね」

 

 こうして俺達はトイレで別れ。

 

「……よくぞ無事で戻った」

 

 出迎えた神官を全力でスルーしつつ、ハルナさんの居た場所に立ち止まり、待つ。

 

「あー、なんだ、ほら、もうすぐシャルロットも戻って来よう? その、練習も兼ねてな? もしもし、もしもーし?」

 

 それから、どれだけ待ったことだろう、残念神官をスルーし。

 

「お師匠さまぁぁぁっ!」

 

「シャルロット……」

 

「おし、しょう、さまぁぁぁぁっ!」

 

「ぶっ」

 

 やがて現れた、弟子の姿に口元を綻ばせると、勢いよく走ってきたそのシャルロットによって押し倒されたのだった。

 

 




お食事中の方、すみません。

次回、第四百二十七話「言われてみれば」

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