「すまん、考え事の邪魔をしたか?」
何だか呆けたように突っ立っていたので、声をかけていいものか若干迷ったのだが、残念神官とていつまでも気絶しているとは思えない。
(いらない追いかけっこで時間使っちゃったしなぁ……と言うか、灰色生き物はみんなああなのか)
両手でがっちり押さえた灰色生き物に目を落として少し前のことを思い出す、シャルロットの新たなお友達と引き合わされたすぐ後のことを。
「ピキーっ」
「あ、ちょっ、だ、駄目っ」
自分の紹介される番が退屈で待ちきれなかったのか、遊んで欲しかったのか、その灰色生き物はシャルロットの足の間をくぐり抜け、周囲をぐるぐる回ったりと好き勝手をやらかし始めたのだ。
「いかんっ」
そのまま勝手に村の方に行かれると拙い。俺は灰色生き物に飛びつき。
「ピィ」
「大人しく、しろっ! ……ふぅ、紹介を遮って済まなかった、続けてくれ」
灰色生き物を押さえ込んだまま、残りの自己紹介を聞きくことになったが、是非もない。
(けど、やっぱり魔物の言葉って何を言ってるのかさっぱりなんだよな)
シャルロットが荷物からきえさりそうを探すとミミックと一緒に席を外した後、前にモシャスで変身したことのある虫の魔物が近寄ってきて妙な踊りを踊り始めたが、理解出来ず、よろしくなとだけ返して終わらせてしまったことも少しモヤモヤしている。
(ミツバチがダンスでコミュニケーションをとるって聞いたことがあるし、その類だったんだろうけれど)
ちょっと悪いことをした気がするのだ。
(モシャスで変身したら、何が言いたいか理解出来るかな? って、シャルロットにモシャスが使えることを明かせない時点で無理な話か……ん?)
自己解決しかけたところで、ふと思い至ったのは、おそらく一番シンプルな解決策。
(そうだ、シャルロットに通訳を頼めば良いんだ)
何故こんな単純なことへ真っ先に思い至らなかったのか。
(あー、たぶんきえさりそうを探す邪魔をしちゃいけないとか思って無意識のうちに除外してたんだろうな)
きっとそうに違いない、俺はそこまでうっかりさんではないのだから。
「――で、声をかけようとしたら何やらシャルロットがぼーっとしていて、声をかけるべきか迷いつつも神官が起きるよりも早く魔物達も通過させないと行けないしと言う事情もあって声をかけた訳だな、うん」
第三者に説明するなら、きっとそんな感じだろう。いや、説明する相手なんて居ないが。
(この場にハルナさんでも居たなら話は別だけど)
ともあれ、モンスターを連れたままでは船へ積み込む物資の買い付けなんかにも支障をきたす。
「シャルロット、きえさりそうは見つかったか?」
「……あ、はい」
だが、幸いにも返事をしたシャルロットの手にはきえさりそうが握られており。
「では、魔物達に使ってやってくれ。俺はスレッジの弟子にこのことを伝えてこよう」
ついているべきか迷った俺だったが、ちゃんと返事をしたし、魔物達を通したらジパングまで送り届ける人、つまりハルナさんを呼んでくるため結局一時離れなくてはならないこともあった。
「お前達も自己紹介をして貰ったばかりだが、人間側にも事情がある。時間が許せば、会いに行くこともあるだろう。それから、これを頼む」
すまんなと謝罪の言葉を添え、魔物達にも挨拶すると、押さえていた灰色生き物を袋に入れて口を縛って渡し、そのまま神殿を後にする。
(急ごう。不測の事態になっては拙い)
最悪のケースはシャルロットがこの後予想外の行動を取った上、残念神官が起き魔物を見てしまって騒動になると言ったところか。
(むしろ魔物達も居るからこそ大丈夫と思いたいな)
シャルロットなら魔物の言葉がわかる。相談相手ぐらいにはなってくれるだろう。
(トラブルの元になりそうな灰色生き物は袋に入れておいたし、大丈夫だ)
自分に言い聞かせつつ神殿を飛び出すと、その足で真っ先に宿屋へ向かう。
「す、スー様」
「ああ、そこに居たか」
状況は伝えてあったし、俺が戻ってきたことでシャルロットが戻ってくるのにもそれ程時間はかからないと踏んだのか、ハルナさんがいたのは、宿の部屋ではなくロビーの入り口よりだった。
「その、スー様がいらしたと言うことは?」
「そうだ。ジパングまでシャルロットの新しい友達を送って行って貰いたい」
もちろん帰りにはおろちのもつオーブを譲り受けて来るようにと言い添えることも忘れない。
「チェックアウトが済んでいるなら、このままシャルロットの元まで行こうと思うが」
「大丈夫です」
「そうか。……まだ戻ってくる訳だが、色々世話になったな」
「い、いえ」
やりとりを買わし、では行こうと促して暫く後。
「連れて行って欲しいのは、そこのミミックを除く魔物全てだ」
俺はシャルロットのお友達とハルナさんを引き合わせ、言った。
「……すまんな」
魔物に聞こえぬよう小声で続けたのは、女性なら苦手でも不思議のない種の魔物が居るからの一言に尽きた。
「いえ。行ってきます」
だがハルナさんは頭を振ると、微笑むなり呪文を唱え始め。
「ルーラ」
完成した呪文でハルナさんは空へと飛び立っていった、魔物と共に。
次回、第四百二十九話「俺達のなすべきこと」