強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百三十三話「どうしてこんなになるまでほうっておいたんだ」

「誤解が、一人歩きしている」

 

 そう思った。

 

「勘違いが勝手に育っていた」

 

 ことに今更ながら気づいて後悔した。

 

「あ、あー。その、だな」

 

 訂正すべきか、それとも貰うモノだけ貰ってさっさと退散すべきか。

 

(このパターンを俺は知っている)

 

 違うと言っても照れてるだけだとか曲解されてまともに受け取って貰えないパターンだ。

 

(むしろこういう時は――)

 

 適当なことを言って有耶無耶にしつつお茶を濁し立ち去るべきだ。

 

「すまんが、それを受け取ることは出来ん。この買い出し自体、任務の一環なのでな。受け取ったのが、モノ一つでも背任を疑われかねん」

 

「え?」

 

「ではな、店主。世話をかけた。行くぞ、シャルロット」

 

 観光客だと思ったらいきなり任務がどうのと言い出す。ツッコミどころしかない気もするが、とりあえず、未来の奥様がどうのといった方向の勘違いは防げたと思う。

 

(実際、魔王討伐って任務の途中だもんなぁ、シャルロットは)

 

 俺も交易網作成という仕事を何処かの王様に押しつけられた身の上ではあるし。

 

「とりあえず、これで道具屋ですべき事は終わったな」

 

 後は、最後の鍵を探してるオッサンとの話したり、船に今購入した物資を届ければここですべき事はもう無いと思う。

 

(まぁ、まずはあのオッサンだな)

 

 デートがどうのと言い出したある意味で諸悪の根源であり、同時に放置出来ない相手。

 

(勝手に動かれてオッサンに先を越されてから悔やんでも遅いし)

 

 事情次第では同行させるのも悪くないと思う。

 

(旅をしてまで探すくらいだ、相応の理由は有っても不思議じゃない)

 

 もちろんよからぬ動機だったら、先程微妙な空気を作ってくれたお礼をするだけだ、犯罪を企んだ制裁的なモノにちょっぴり上乗せする形で。

 

(悪はくじかないとね。別に八つ当たりしたいからって訳では……ナイデスヨ?)

 

 例えば、どんな扉でも開けられる鍵などと言うその鍵があのカンダタとか言う変態犯罪者集団の頭目の手に渡ればどうなるか。

 

(鍵という鍵をほぼ無効化出来る訳だからなぁ、泥棒し放題だよね)

 

 原作の方では俺も世界各地の宝物庫を荒らした覚えがある。

 

(うん。ああいう品は持つ主を選ぶな)

 

 流石にこっちで同じ事をする気はないが、俺に持つ資格はなさそうだ。

 

(解錠呪文習得してると言う意味では、今更だけど)

 

 ともあれ、オッサンへの対応は当人から直接話を聞かないと始まらない。

 

(ついでにまともじゃない状態のシャルロットを連れて外を歩くのもなぁ)

 

 何故この世界には眠りから目覚めさせる呪文はあるのに混乱を直す呪文はないのか。

 

(叩いて直す? シャルロット相手にそんなこと出来る訳ないし)

 

 いや、もっとせっぱ詰まったら、可能性はあるか。せくしーぎゃるのとき以上に見るに堪えない様子なら。

 

(って、何考えてるんだ、俺)

 

 一瞬思い出してしまった、せくしーぎゃるのシャルロットを頭を振って脳内から追い出し、シャルロットの腕を掴んだままの状態で宿に向かう。

 

「あ、あのお師匠様……ボク、まだ」

 

「ん?」

 

 ――つもりだったのに足を止めたのは、すぐ後ろからシャルロットの声がしたから。

 

(良かった、正気に戻ったのかぁ)

 

 道具屋では明らかに混乱状態だったが、自分から何か主張しようとしていると言うことはもう大丈夫なのだろう。

 

「ひょっとしてまだ欲しい物があったか? すまんな、勝手に店を出てしまって」

 

 個人的にもうあの道具屋には顔を出しづらいが、さっさと立ち去ろうとしたのは俺の都合である。

 

「そ、その、欲しい……もの、はあるんですけど……えっと」

 

「どうした?」

 

 もじもじするシャルロットを見て、俺は考える。こうもまごつくところを見ると、そうとう値が張るものなのではないかと。

 

(けど、あの店にそんな高価なものはあったかなぁ)

 

 どこかのすごろく盤上のよろず屋ならともかく、原作でも一番高かったのはきえさりそうで、あとは聖水とキメラの翼くらいしか置いていなかったように思う。

 

(実際、保存食とかこっちの世界ではないと問題になりそうな品は追加されていたけどそれぐらいだったような……あれ?)

 

 もしや、シャルロットが欲しがっているのは商品ではないのか。

 

(さっき道具屋の主人が渡そうとした銀の……いや、それならもっと早くに言い出しているか)

 

 ならば何だというのか。

 

(あ、そうか)

 

 俺はまた勘違いをしていたのではないか。新婚カップルだとかデートという言葉に誘導され、誰かのお嫁さんになる未来をシャルロットは想像しているのだと勝手に思いこんでしまった。

 

「そうか。俺にまともな父親が務まるといいのだが」

 

 そう、母子家庭に育ったシャルロットが欲しい物と言えば、父親しかないじゃないか。

 

(迂闊だったな。新婚カップルではなく、その先にある親としての男の方、お父さんを意識していることにここまで気づかなかったとは)

 

 幸い、バラモスを倒すのは、原作より早くなりそうだ。オルテガもアレフガルドで記憶喪失中とはいえ健在だろう。

 

(大丈夫だ、充分間に合う)

 

 今は間に合わせにもなるか微妙な俺が父親代わりをするしかないとしても、原作の悲劇は起こさせない。

 

(さてと、それはそれとして)

 

 ここは試しにお父さんと呼んでみさせるべきだろうか。

 

(って、駄目だこれ)

 

 流石にそれは急ぎすぎだし、一歩間違うと新たなプレイである。とりあえず俺は思いついたばかりの案を脳内のゴミ箱に放り込んだ。

 

 

 




すれ違い、悪化する。

次回、第四百三十四話「ここがあのオッサンの宿ね」

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