強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百三十六話「部屋に戻って」

「ただいま、シャルロット。調子はどうだ?」

 

 オッサンに手紙を渡し、部屋を後にするとその足でシャルロットの部屋に向かい、ノックをしてからドア越しに声をかける。

 

(何だかんだ言っても、後回しにしてあのオッサンとお話しに行っちゃったようなものだからなぁ)

 

 収穫はあった、オッサンの意思と事情確認もしておく必要はあった。だが、様子のおかしいシャルロットを置いて行ったのは、少し薄情だったかも知れない。

 

「……ひょっとして、もう寝てるのか」

 

 少し待っても返事が返ってこない部屋に、ポツリと呟く。

 

(早めに休むようにって言ったもんなぁ)

 

 寝ていたとしても不思議はない。

 

「無理に起こすこともない、な」

 

 朝になれば顔を合わせることになる訳だし、部屋の前に立ちつくしていても不審者と間違われるだけだ。それに夕食をまだとっていない。

 

(何事もなければ、明日ハルナさんと合流も出来るはず)

 

 オーブが揃えばすぐにでもこの地を立つ事になるだろう。

 

(二日か三日は船の上で寝泊まりってことになる訳で……なら、今日はしっかり寝ておかないと)

 

 ラーミアの卵があるほこらで一泊させて貰えるとしても次に揺れない床の上に寝られるのは数日後。

 

(旅をしている以上、快適な寝床に毎回ありつける訳ないし)

 

 むしろ宿屋で寝られるのは、良い方なのだ。

 

(となり が うるさかったり、しゃるろっと と おなじ べっと とか ねむる に ねむれない じょうきょう に なったこと も あったけどね)

 

 貴重な睡眠時間を削ってくれた世界の悪意には殺意に近いものを覚えるが、仕方ないと思う。

 

「いかんな」

 

 ネガティブな方に思考を傾けては駄目だ。

 

「ひとまず夕食だ」

 

 食堂に行って宿の従業員を捕まえて聞けば、シャルロットが夕食を食べに来たかぐらいは解るはず。

 

(来てないようなら、何か適当なモノを部屋まで持っていこう)

 

 追加料金を取られるかも知れないが、構わない。

 

(シャルロットが食べてる所を眺めるのも悪くないし……って、何考えてるんだ、俺)

 

 ともかく、魔王討伐の旅なら身体は資本。シャルロットのお袋さんから娘を預かってる師匠の立場としても、夕食抜きは看過出来ない。

 

「あ、ご夕食ですね。少々お待ちく」

 

「すまん、ちょっと尋ねるが、今日の夕食に髪を逆立てた少女……俺の連れは来ているか?」

 

 食堂に入るなり、俺の姿を見つけた従業員の言葉を遮る形で問いを投げ、帰ってきたのは、いらしてませんと言う答え。

 

(本当に寝ちゃったのかな。うーむ)

 

 寝てるとしてもお腹が空いて目が覚めることもある。

 

(寝ているなら持っていったモノをドアの前に置いておくというのが定番だと思うけど……)

 

 この世界の治安を考慮に入れると外に置きっ放しは危険な気もするのだ。

 

(どうする、シャルロットの部屋にこっそり忍び込んでみるべきか……いや、いつものパターンだと忍び込んだが最後、最悪のタイミングでシャルロットが目を覚ますよなぁ)

 

 やはり、潜入は下策か。

 

(そもそもシャルロットが起きるだけならまだいい。最悪のパターンは俺が部屋を間違えた上で忍び込んで部屋の客に気づかれるパターンだ)

 

 そんなことある訳無いと笑い飛ばしたい所だが、日頃のポカを思い出すとそうもいかない。

 

「お客様、あちらのお席に」

 

「ん、あぁすまない」

 

 まして、考え事に耽るあまり言外に突っ立っているなよと言われてしまうようでは。

 

「度々で済まんが、何か部屋に持ち帰って食べられるモノを用意して貰えるか? 連れが夕食も取らず疲れて寝てしまったようでな」

 

「……かしこまりました。お渡しは食事の後でよろしいですね?」

 

「ああ」

 

 ただし、シャルロットの夕食代わりだけは忘れずに注文し。

 

「あ」

 

 注文し終えてから、ふと思う。

 

(俺が持って行かず、従業員に持っていって貰えばよかったんじゃ……)

 

 発想は悪くないと思う、ただ考えついたタイミングが遅すぎた。従業員さんはこの時厨房の奥に引っ込んでしまった後だった。

 

「……もう今更、だな」

 

 どうしようもなくなった俺は一人淡々と食事を済ませ。

 

「お待たせしました、こちらをどうぞ」

 

「すまんな」

 

 用意して貰った軽食らしきモノ入りの籠を受け取ると、来た道を引き返しシャルロットの寝て居るであろう部屋に戻る。

 

「……さて、ここからどうすべきか、だな」

 

 寝ているなら再びノックするのは悪い気がするし、忍び込むとロクでもない展開になりそうな気がヒシヒシする。

 

「うーむ」

 

 腕を組んで暫く唸った俺が導き出した結論は、至極単純。

 

「戻ろう、自分の部屋に」

 

 どちらもせずに立ち去ることだった。

 

(よく考えてみると、勝手にシャルロットは寝てしまったと判断したけど、この部屋にシャルロットが居るって保証はないんだよな。ノックしてみたものの、留守だから反応がなかったってケースも考えられるし)

 

 シャルロットがお風呂やお手洗いで席を外して無人になった部屋に声をかけて居たの

だったりすると、壮大な黒歴史だ。

 

「あ、お、お、お、お師匠様?!」

 

「っ」

 

 だれか おしえてくれ。そうして じぶん の へや の まえ で しゃるろっと と ばったり あった おれ は まず なんと いえば いいかを。

 

 




ランシールってことはやっぱり牛のステーキとかですかねぇ、ディナーって。

次回、第四百三十七話「わかりやすい おち」

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