強くて逃亡者   作:闇谷 紅

485 / 554
第四百三十七話「わかりやすい おち」

「……なるほど。ノックしても返事がなかったのでな。寝ていると思ってこちらに戻ってきたのだが」

 

 何のことはない。俺がノックしたのはただの空室でだから返事がなかったのだ。

 

(るす の かのうせい に もうすこし はやく きづくべきでした よね、おれ)

 

 つまり、壮大な黒歴史成立である。

 

「ええと、ここで待っていればお師匠様が来られると思って……」

 

「そうか」

 

 おそらくオッサンが同行するか否かなどが気になったのだと思う。鉢合わせの驚きの為に若干挙動不審だった先程と違って、鉢合わせの気まずさからか弁解に若干の歯切れの悪さはあるものの、そこにいたのは言うモノシャルロットだったから。

 

(うん、だから「なぜ まくら を かかえてる のか」とか ぶすいな つっこみ は なし で いいよね?)

 

 いくら おとうさん がわり だからって いきなり それ は そうてい してませんよ、おとうさん は。

 

(まぁ、ある意味今更って言えば今更なんだけど)

 

 シャルロットと同じベッドで寝たことなら有る。元バニーさんとも一緒だった気がする。

 

「ともあれ、部屋の前で立っていても仕方あるまい。ひとまず話は中でしよう」

 

 もちろん、だからといってそのままベッドでお休みコースへ突入させる気はない。

 

(俺にはこの食堂で用意して貰った軽食がある)

 

 これをシャルロットに食べさせつつ話をし、シャルロットのお腹が一杯になったところですかさず言うのだ。

 

「腹はふくれたか? なら、もう休むといい。部屋まで送ろう」

 

 お腹が一杯になれば眠くなるというのは食物の消化にエネルギーを使うため他での消耗を抑えようとする身体の正常な働きだ。

 

(しかも、シャルロットはちきゅうのへそ攻略で疲労もたまっているはず)

 

 完璧な作戦だった。

 

「……んんぅ、お師匠様ぁ」

 

「……えーと」

 

 食べてる途中でシャルロットが寝てしまうと言う状況に遭遇するまでは、完璧だと思っていた。

 

「ふっ、シャルロットの疲労が俺の想像以上だったか……俺もまだまだだな」

 

 格好を付けてみるがまぁ、失敗以外のなにものでもない。

 

(一応、オッサンとの話し合いのことは伝えられた訳だけど)

 

 寝ぼけて聞き流してしまった部分があるかもしれない。

 

(朝になったらもう一度説明、かなぁ?)

 

 冷静になって考えてみれば、シャルロットが寝てしまったこと自体は、あまり問題ではない。俺がシャルロットの部屋に行って寝れば、部屋を取り替えたという形になるだけだからだ。

 

(歯を磨かずに寝てしまったことがちょっと気になるけど、寝てるシャルロットの口に歯ブラシ突っ込む訳にもいかない訳で)

 

 それをやったら犯罪である。俺の元いた世界と比べて砂糖も使われていないし、一晩ぐらいなら虫歯とかの問題は大丈夫だと思いたい。

 

「とは言えベッドが汚れるし、これだけは手放して貰わないと」

 

 目を落としたのはシャルロットの手に握られた食べかけのサンドイッチもどきだ。

 

(……シャルロット、の食べかけかぁ)

 

 食べかけに謎の後ろめたさを感じてしまうのは何故だろうか。

 

(って、何を考えてるんだ俺)

 

 後ろめたさなど発生するはずがない。ちょっと歯形の付いただけの具材挟みパンなのだから。

 

(これをそのまま食べて間接キスとか試みるなら変態さんだけど、そんなつもりはサラサラ無いしっ)

 

 激しく頭を振ると、気を取り直した俺は手袋を外すとサンドイッチもどきに手を伸ばし。

 

「お師匠様、ありがとうございまふ……ん、あーん……あぐっ」

 

 サンドイッチの代わりに掴まれた手を囓られた。

 

(うぎゃぁぁぁぁぁぁっ)

 

 悲鳴はかろうじて噛み殺した。心の中では絶叫したけど。

 

(あ゛ああっ、食べ物触るからって手袋外すんじゃなかった)

 

 もごもごと咀嚼しようとしたシャルロットの口から指を引き抜くと、見事な歯形が付いて、血が滴り出す。

 

「っ、ホイミ」

 

 まさかシャルロットに囓られて回復呪文を使うハメになるとは思わなかった。

 

「あー、シーツに数滴垂れちゃってる。痛がる前に呪文使っておくべきだったなぁ」

 

 傷が治ってもシーツについてしまった血はどうしようもない。

 

(少しでも変なことを考えたから罰が当たったのかな)

 

 負傷と引き替えに回収したサンドイッチもどきを籠に戻すと、俺は眠ったままのシャルロットに毛布を掛け、自分の部屋を後にする。

 

(シーツについては明日の朝にでも従業員に言おう)

 

 部屋に残ることも考えたが、ベッドはシャルロットが使っている一つだけ。

 

(一緒に寝るなんて論外だし、床に寝るぐらいなら空いてるベッドが有る訳だしそっちで寝させて貰ったって何の問題も無いよね)

 

 世界の悪意を疑う様なロクでもない出来事だって別々の部屋に寝ていれば起こしようもない。

 

「さてと……確かここだったな。シャルロットの部屋は」

 

 部屋の鍵は寝ているシャルロットが眠る前に机に置いたモノを失敬してきた。

 

(解錠呪文もあるけど、あれは開けたら開けっ放しだからなぁ)

 

 施錠呪文とかあると便利なのだが、この世界には存在しないのだろうか。

 

「まぁ、それはそれとして……やはり迂闊だな、俺は」

 

 鍵を開け、中に踏み込んだ部屋の中、ベッドに枕がないのを見ると自嘲気味に呟く。

 

「はぁ、今更戻る訳にも……ん?」

 

 嘆息し、一度だけ後方を振り返ると俺は動きを止めた。誰も居ないはずの部屋に、物音がしたのだ。

 

「何者だ?! ……あ」

 

 まさか泥棒の類かと周囲を見回すと暗がりの中からこちらを見つめる瞳と目があい。

 

「カパッ」

 

「……何だ、お前か」

 

 蓋を動かすミミックの姿に脱力した。

 

(そう言えばこいつが居たんだった)

 

 忘れていた俺も俺だろうが、本当に心臓に悪い。

 

「シャルロットか? あいつなら俺の部屋で寝ている」

 

 主のことをおそらくは心配しているのであろう箱の魔物に心配ないと説明したのだった。

 

 




これで主人公の手を間違って囓ったのは二人目か。

次回、第四百三十八話「あさちゅん」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。