強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百三十八話「あさちゅん」

「そして、夜が明けた……か」

 

 原作のゲームだったらそんなテロップでも入っただろうか。

 

「っ……はぁ、よく寝た」

 

 こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりだと思う。

 

(けど、こっちにもスズメって居るんだなぁ)

 

 ひょっとしたら似て異なる小鳥の可能性もあるが、鳴き声で目を覚ました俺は窓の向こうに随分明るくなった外の景色を見つけ、ベッドの上から降りる。

 

「クッションに感謝、か」

 

 視界に入ったソファに視線を止めると、折りたたんで枕代わりにしていたクッションを掴んでソファの上に戻し。

 

「あ」

 

 姿見に映った自分の姿に声を上げる。

 

(そう言えば、逃げるように自分の部屋出てきたからなぁ。服、シワになってる)

 

 当然パジャマの様なものがあってもあちらの、つまりシャルロットの寝ている部屋だ。当然着替えも鞄と一緒にあちらの部屋だ。

 

(これは取りに行くしかないな、うん。と、その前に……)

 

 挨拶しておくべき相手が、部屋には居た。

 

「おはよう」

 

「カパッ」

 

 相も変わらず魔物の言葉はわからないが、期せずして一夜を同じ部屋で過ごした間柄だ、挨拶ぐらいしてしかるべきだと思う。

 

(うん、今の表現、思いっきり誤解を招きそうな気がするけど)

 

 声に出してないのでセーフだとしたい。

 

「さて、そろそろお前の主人を起こしてくるな?」

 

 持っていった枕もチェックアウト前にこちらの部屋に戻しておかないと行けないし、着替えの回収は必須だ。

 

(ヨレヨレの服着て歩いてる所、従業員に見つかったら格好付かないし)

 

 部屋に戻ってみて、シャルロットが起きてるようならこちらの部屋に戻って貰ってあちらで着替えよう。そう決めつつ、箱の魔物の横を通り抜けた俺は部屋の外に出て、ドアに鍵をかける。

 

(寝てるようなら、目を覚ます前に着替えてしまえばいいか)

 

 着替えの早さには自信があった。

 

(慎重を期すなら、着替えだけ持って外に出るパターンが有効に思えるが、その手は食わない。「ヨレヨレの衣服を身に纏い、着替えを抱えて出てくる男。男が出て行ってから暫く経つと、同じ部屋から現れたのは別の部屋に泊まっていたはずの少女だった」なんて所を従業員に見られて誤解されるくらいの展開は容易に想像出来るし)

 

 これで寝ぼけて部屋から顔を出したシャルロットの着衣が乱れていたりしたら、第三者からどう見えるか。

 

「ふっ、その手はくわん」

 

 俺には眠った仲間を起こすザメハの呪文という最終兵器もあるのだから。口の端を綻ばせつつ俺は廊下を歩き。

 

(着替えが終わったら、射程ギリギリからザメハの呪文でシャルロットを起こす)

 

 この時、レムオルで透明になっておくか、忍び歩きで素早く部屋の外に出て、白々しく外からドアをノックする)

 

 後者の場合、シャルロットは中からノックに応じるはず。前者なら、姿の見えない俺を捜して部屋の外に出るだろう。

 

(シャルロットが部屋を出て行ったら、入れ違いにこっちに戻ってきた態を装ってこの部屋に居ればいい)

 

 立ち止まり、瞳に移すのは、自分の部屋のドア。

 

(さて、作戦開始だ)

 

 鍵は持っている。中ではシャルロットが寝ているはずだが、そもそもここは俺の部屋。しかもシャルロットは俺が部屋を出るところを見ていないのだから、中に居ても咎められるような理由はない。

 

(とにかく、着替えなきゃ。自分が寝てしまってせいで、俺が着替えず寝ざるを得なかったとかシャルロットなら気に病むかも知れないし)

 

 あまりモタモタしていてはシャルロットが起き出してしまう。

 

(ノックは要らない)

 

 こちらは盗賊、相手に気取られずの潜入は十八番だ。

 

(まぁ、この身体の持ち主の特技なんだけどね)

 

 こういう状況下では、至極ありがたい。出来るだけ音を立てずに扉を開け、身体を中に滑り込ませると、目指すのは、荷物を置いたクローゼット。

 

(よーし、シャルロットは眠って居るみたい……だ?)

 

 横目でベッドの方をちらりと見た俺は、完全に固まった。

 

(サンドイッチの籠に、服?)

 

 畳んで入れてあるのは、真面目なシャルロットらしいと言うか。

 

(なにこれ?)

 

 ベッドの端、足側に無造作に置かれた布きれが何かを俺は理解したくない。

 

(は? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?! なにこれ? なんでシャルロットが寝る時全裸主義に目覚めてるの?!)

 

 そうていがい とか そんな なまやさしい れべる じゃない ですよ。

 

(ど、どうしよう……えーと、えーと)

 

 何だ、どうすればいい。

 

(いい、落ち着こう。俺はここに何をしに来た?)

 

 着替えだ、着替えを取りに来たはずだ。

 

(な、なら、話は簡単だ。可及的速やかに着替えを済ませ、出来るだけ見つからないようにしてこの死地から抜け出せばいい)

 

 この状況、部屋から出ることを最優先するべき様に見えるが、それは下策だ。服を抱えて部屋を飛び出した男の図が他人に目撃されたら、俺が社会的に終わる。

 

(大丈夫、ラリホーの呪文だって使えるし、むしろ迷って時間を浪費する方が今は拙い)

 

 自分に言い聞かせ、小声でピオリムの呪文を唱え始めながら、まず上の服に手をかける。

 

「ピオリム」

 

 黒のインナーの内側に頭を引っ込めたところで呪文は完成し、音へ気をつけてインナーを脱ぎ置くと今度はズボンへ取りかかる。

 

(慌てるな、落ち着け、慎重に――)

 

 俺の窮地は、まだ、終わらない。

 




何で脱いでるんだ、シャルロット?!

次回、番外編25「あさちゅん(シャルロット視点/閲覧注意)」


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