「えっ」
ボクは正直に言って混乱していた。
(どうして、ボク……ここってお師匠様の部屋、だよね?)
小鳥の声で目が覚めて、気が付いたらベッドの中。
(確か、お師匠様のお話を聞きながらご飯を食べていて……)
眠くなったボクがうつらうつらしてパンを落としそうになった所をお師匠様がキャッチしてくれたのは覚えている。
「どうした、眠いのか?」
「お師匠様ぁ、その……」
ボクが言葉に詰まると、お師匠様は口元を綻ばせて僕に言う。
「ふ、まぁいい。落とさないように俺が食べさせてやろう」
「え」
眠いから、寝ぼけて聞き違えたんじゃないかとも思った。だけど、さっきまで食べていたパンの匂いがすぐ近くから漂ってきて。
「ほら、あーん」
「お師匠様、ありがとうございます……。あーん」
何処か恥ずかしかったけれど、お師匠様がここまでして下さっているのだ。ボクは差し出されたパンにかじりつき、首を傾げた。
(ん? このパン腸詰めなんて挟んであったっけ?)
やっぱり寝ぼけていたのか、その後の記憶は暫く曖昧で、それを見かねたのだろう。ボクにお師匠様が言う。眠気覚ましにお風呂へ入ってきたらどうだ、と。
「ふぁい、行ってきますね……お師匠様」
確かにお風呂に入ったら目が覚めるかも知れない。ボクはベッドを抜けると脱衣場で着ていた服を脱衣籠に畳んで入れ。
「下着は洗うから、別にして……っと」
浴室に辿り着き困惑した。
「あれ? お風呂は?」
有るはずのバスタブがそこにはなく。
「うっ、さ、寒い……」
服を脱いだからか、急に押し寄せてきた肌寒さに脱いだ下着を身につけようとし。
「えっ」
あり得ない状況に思わず声を漏らした。
「脱衣籠が、ない」
さっきまであったと思わしき場所にはボクの服が無く。
(しかも、何で脱衣場にベッドが……)
夢でも見てるのかと思った。
「っ、へくちっ」
けど、ベッドの毛布はとても温かそうで、一つくしゃみを漏らしたボクは寒さに負けて裸のままベッドに潜り込んだのだ。
(……今考えてみると、寝ぼけていたんだろうなぁ、ボク)
お風呂にバスタブがないとか、脱衣所にベッドがあるとか、おかしすぎる。
(そもそも、ボクがそんな奇行をしてたならお師匠様が止めて下さっても……あ)
毛布の中でそこまで考えて、ふと思い至る。止めて下さったとしたら、寝ぼけて服を脱ぐところとか全部見られていたのではないかと。
「おっ、お師匠様は?!」
残っていた眠気があっさり吹き飛んで、ボクは首を巡らせた。
(ええと……この場合、側にお師匠様が居ないのって幸運だったって思うべきかな)
もし、これでベッドの脇に気遣わしげな目をしたお師匠様が居らっしゃるものなら、ボクはどうしただろう。
「あは、あはは……とりあえず下着だけでも着けよっ。お師匠様が着た時、こんな格好見せられないし……あっ」
とりあえず身を起こすと下着は意外な場所にあった。
「ボクの下着。やっぱり寝ぼけてここで脱いだん――」
ベッドの端、足の向こうで発見した下着を取ろうとして身を起こしたボクは、下着以外のとあるモノを見つけ、固まった。
「血?」
シーツに出来た赤黒い染み。
「……何処か怪我してる訳でもないし、あれにもまだ早いよね? と言うことは……」
ボクが知りうる限り、こういう事が起きてる理由は一つ。前にポルトガでお師匠様が濡れ衣を着せられた事があって調べたのだ。また似たようなことが有った時に、お師匠様の潔白を証明出来る様に。
「あっ、えっ、けど……何も覚えてないし、ボクそう言うのはまだ……」
魔王バラモスが健在なのに、もし、もし、そんなことがあったら。
「もう一度、寝よ。まだ寝ぼけてるみたいだ」
きっと、森であったおじさんの言葉とかお師匠様の返事とかで舞い上がりすぎていたんだと思う。次に目を覚ました時には、きっと何事も無い朝で、お師匠様と朝の挨拶をして、このランシールを出発する準備を始める筈。
(――だと思っていたのに)
次に目を覚ましたボクが見たのは、上半身裸のお師匠様がこちらに背を向けてズボンをはいている光景だった。
(なに、これ?)
状況がもう一度寝る前よりとんでもないことになっているというのに、ボクは声一つあげられず。
「ん?」
お師匠様の声に、かろうじて目だけつぶる。
「気の……か」
微かに聞こえた声が多分「気のせいか」と言っているように思えて少しだけ安堵しつつも、ボクは混乱のまっただ中にあり。
(これも、ゆめ?)
目を瞑ったままの僕にとって周囲のことを知れるのは、音だけ。目を開ければ、すぐ気づかれてしまう気がして、ただ着替えで生じる衣擦れの音を聞きながら寝たふりを続けるしかなかった。
実はシャルロットが寝ぼけて脱いでいたというオチ。
あるぇ、これって主人公やばくない?
次回、第四百三十九話「なぜだろう、シャルロットが起きている気がするんだがきっと気のせいだよね?」