強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百三十九話「なぜだろう、シャルロットが起きている気がするんだがきっと気のせいだよね?」

「ん?」

 

 ズボンを履いている時だった。背中に視線を感じたような気がしたのは。

 

「気のせいか?」

 

 手は止めず着替えを続けながらも、俺は考える。

 

(気のせいなら、いい。だが、もし気のせいじゃなかったら?)

 

 確認は必要だろう。

 

(けど、いま の じょうきょう って、め を さまされたら、いちばん まずい じょうきょう なんですが)

 

 これでもしシャルロットが起きていたら、世界は間違いなく俺を社会的に殺す気でいる。

 

(と言うか、そもそもどうやって確かめる? 声をかけてみるか?)

 

 自分から起こしに行ってどうするとも思うが、万が一シャルロットが起きていて、俺がこのままこそこそ逃げ出したら、俺は後ろ暗いですよと全力で主張しているようなものだ。

 

(どうする? ここは、独り言のふりをして昨日の事を口にすべきかな)

 

 起きているなら、それでこの状況が俺の意図したモノでは無いことを解って貰えるかもしれないと思う。

 

(ラリホーの呪文をかけてみるよりもよっぽど安全だろうし)

 

 そもそもこの状況が極めて詰みに近いのだから、今一番してはいけないのは、逃げることだろう。

 

「シャルロット」

 

 意を決して、名を呼んでみる。

 

(微かに反応したようにも見えたけど……)

 

 寝ていたとしても自分の名を呼ばれて反応する事はあり得る。

 

(学園モノとかで居眠り中に名前を呼ばれて返事したりするようなのはベタすぎると言うか誇張だとしてもなぁ)

 

 ともあれ一度呼びかけてしまった以上、ここで止める訳にはいかない。

 

「……まだ寝ているか。あんな事が有れば無理もない」

 

 思わせぶりに言うのは、起きていれば耳をそばだてようとすると思ったから。

 

「何せちきゅうのへそを一人で探索して戻ってきたのだからな。しかし……」

 

 ここからが勝負だ。

 

「この状況、寝ぼけて服を脱いだのだろうが、ここで俺が慌てて部屋を出ればよからぬ誤解を招きかねん。とは言え目が覚めた時俺がここにいてはシャルロットも気まずかろうな」

 

 形として俺に気を遣わせてしまったとシャルロットに思わせることになってしまうかも知れないのが、不本意ではある。

 

(けど、誤解させない事を重視するとこう言うしかないし)

 

 部屋を出てから戻ってくるまでシャルロットが何をしていたか知らない俺としては、他に説明のしようもない。

 

「さて、着替えも終わったことだし俺はシャルロットの部屋に戻るか」

 

 これで、何とかなってくれと願いつつ「説明」を終えた俺は自分用の客室を後にする。

 

(大丈夫だよな? 矛盾はない筈だし、そもそも実際あったとおりのことを言っただけな訳だし)

 

 唯一の嘘はちきゅうのへそへ潜ったシャルロットをこっそり尾行していたことを明かさなかったことぐらいだ。

 

(けど、やっぱり気のせいだったのかな?)

 

 最悪、起きあがったシャルロットが問いを投げかけて、詰問してくるかも知れないと考えていた。だが、シャルロットは特に反応を見せず、俺は今廊下をシャルロットの部屋に向かって歩いている。

 

「って、今更悩んでももう遅い、か」

 

 口にすべき事は口にした。後は、あれをシャルロットがどう受け取るかだろう。

 

「……とか言っておいてやっぱりシャルロットが起きていたってのが気のせいだったら、俺のやった事ってただ黒歴史を一個増やしただけなんだけどさ」

 

 それはそれでありそうだから困る。

 

「ともあれ、俺に出来ることは……部屋でシャルロットを待つことぐらいだな」

 

 戻ると言った手前、朝食を取りに行って行き違いになるという昨晩の二の舞は避けたい。

 

「……大丈夫。問題は全部クリアしてるはず」

 

 ただ、何かを見落としている気がして、自分を納得させるように俺は呟き。

 

「ただいま。シャルロットはまだ寝ているようだったぞ」

 

 ドアを開けると、蓋を開けてこちらを見てくるミミックに主人の状況を伝え、椅子に腰掛ける。

 

「これでお前と同郷の魔物達を運んでいったあのスレッジの弟子が戻ってくれば今度は船旅だ」

 

「カパッ、パカ」

 

 相変わらず何を言っているかは解らないが、他に話し相手も居ない。

 

「しかし、ミミックか……外見がここまで酷似していれば騙される者が居るのも不思議はないな」

 

 箱の部分を見てから別の洞窟で見かけた本物の宝箱を思い出し、今更ながらに思う。シャルロットの決断は、ブーメランを投じる事によってカマをかけたのは正解であった、と。

 

(識別呪文を使えば一発だけど、これを……しかも薄暗い洞窟で見分けろって言われたらシャルロットのやったような引っかけでもないと不可能だわ)

 

 俺単独であればマホカンタの呪文を自分にかけてから宝箱を調べ、ミミックだったら駆除するという方法も採れるが、シャルロットと同行中に呪文を使う訳にはいかない。

 

(目の前のコイツは味方だから良いけれど、対処法も今の内に考えておかないと)

 

 即死呪文、しかも効果が単体ではなく範囲となると非常に厄介だ。

 

「お師匠様、あの……」

 

「ん?」

 

 どれ程考え事をしていただろうか。俺はノックの音と声で我に返り。

 

「ああ、シャルロットか。鍵は開いて居るぞ?」

 

 部屋の中から外へと答えた。

 

 




次回、第四百四十話「ごくろうさまです、ハルナさん」


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