強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百四十話「ごくろうさまです、ハルナさん」

「すみません、お師匠様。……ボク」

 

 ドアを開けるなり、頭を下げてきたシャルロットに俺は何のことだと答える。

 

「何もなかった、それで良かろう」

 

 自分が眠った後何があったのかと尋ねず、頭を下げてきたと言うことはあの時起きていて、誤解は解けたと言うことなのだろう。なら、俺が言うべき事は何もない。

 

「わかりました」

 

 ただ、黙ってシャルロットの返事を聞き、密かに胸をなで下ろす。

 

(良かった、誤解が解けて)

 

 あの時判断を誤り、シャルロットが寝てると見なして動いていたらどうなっていたことか。

 

(本当に良かった。けど、そうなると何か見落としたと思ったのも気のせいだったって事かな)

 

 少々神経を尖らせすぎていたのかも知れない。

 

「さて、お前が戻ってきたなら俺も部屋に戻ろう。スレッジの弟子がいつこちらに戻ってくるかは解らんが、出発の準備は済ませておいた方が良いだろうからな」

 

 予期せず部屋を出る羽目になってしまった俺としては、早く戻って荷物を纏めたりしたくもある。

 

「あ、そっか。今日でしたね」

 

「ああ」

 

 俺に謝罪しないとと言う気持ちで一杯だったのか、ハルナさんが戻ってくる日であることを俺が口にしてから思い出した様子のシャルロットに肯定してみせるとテーブルにこの部屋の鍵を置き、踵を返してドアノブへ手をかける。

 

「朝食に行く時は迎えに来る。ではな」

 

 窮地を切り抜けた安心感からか、不意に感じた空腹感に朝食がまだだった事に気づくと、そう言い残して部屋を出た。

 

「あ」

 

 ただ、俺は気づくべきだったのかも知れない。

 

「お師匠様ぁぁ」

 

 足を止めて背中へ声をかけられる前に。

 

「これ、お師匠様のお部屋の鍵……」

 

「すまん」

 

 お師匠様モードで格好付けたのが全て台無しである。

 

(や、忘れた俺が悪いんだけど)

 

 向こうの部屋にいたシャルロットがやって来たなら、部屋が留守になる事は解りきっている。鍵をかけて持ってきていて当然だというのに。

(あそこまでピンチだったのに何とか切り抜けたと思ったら、オチがこかぁぁぁぁっ)

 

 途中で気づいて引き返したとかならまだ救いがあったのに。

 

「あ、お師匠様……それから?」

 

「ん?」

 

「よ、汚れてたシーツ宿の人に洗って貰うようにお願いしておきましたから……」

 

 あー そう いえば、しーつ が あったね。

 

(って、え? ええっ?! ……ちょっと まって ください、しゃるろっとさん。あれ、じゅうぎょういんさん に みられた って こと ですか?)

 

 見落としていた何かは、割と致命的だった。

 

「だ、大丈夫でつお師匠様! ボク、責任とりますから」

 

 いや、せきにん とります から って なんですか しゃるろっとさん。

 

(と言うか、顔赤くしつつぎゅっと拳を握らないでぇっ)

 

 責任を持って誤解を解きますからって言う事なんだろうけれど、状況が状況だけに既成事実の責任とりますって言ってるようにしか聞こえないんだけど。

 

「お、落ち着けシャルロット。師匠として、お前だけに責任を押しつけるというのは、その、な」

 

 だいたい、誤解を解くというなら、片方だけが否定しても効果は薄い。

 

(最悪、外聞を気にした俺が「何かあった」のに「なにもありませんでした」と無理矢理シャルロットに言わせたように勘ぐられ兼ねないし)

 

 とにかく、この状況は拙い。一刻も早く、シャルロットが洗濯を頼んだ従業員に会い、誤解を解かねば。

 

(え? ごかい して いない かのうせい ですか? ねぇよ! この じょうきょう じゃ、まずな)

 

 それどころかこの世界がドラクエであることを鑑みれば「昨日はお楽しみでしたね」とか言われかねない。

 

(もういっそのことシャルロットと話を通して夫婦のふりでもするか。勇者とその師匠でない全く別の新婚夫婦って事にしておけば誤解が有ろうとも他人のフリだって……あ、無理か)

 

 今更他人のフリをするには宿帳を消却した上、従業員と主人、ついでにチェックインした時側に居た客の記憶をどうにかしないと無理だ。

 

「とにかく、話して解って貰うしかあるまい」

 

 誤解であることは何としても伝えなくてはならない。勇者でもあるが、シャルロットは嫁入り前の少女なのだ。

 

「すみません、お師匠様。ボクの為に……」

 

「いや、俺も迂闊だった」

 

 血の染みの一件を忘れるとか、考えられない大失態である。

 

「シャルロット、シーツの洗濯を頼んだ従業員は何処にいる?」

 

「え、あの宿の人なら……多分洗い場だと思います。染みは時間が経てば立つ程とれなくなるモノだと思いますし」

 

「そうか」

 

 ここでのことではないが、服に血が付いて落ちず、暫く残った事例なら覚えがある。

 

(運動会で転んだ時だったなぁ、あれは確か)

 

 白い体操服だったから赤は目立った。

 

「行くぞ、シャルロット」

 

 回想から戻ってきた俺はシャルロットに呼びかけるとすぐさま洗い場に向かい、出会ったしまったのだ、強敵に。

 

「いやぁ、若いっていいわねぇ。え? ああ、これのことだね」

 

「あ、あぁ。実」

 

「あぁ、いいよ、いいよ」

 

 こちらの言葉を遮って、洗い桶にシーツを浸したおばさんはハタハタ手を振り、続けた。

 

「訳ありだろう? そもそも泊まったお客さんの事をペラペラ話す様な者の居る宿なんてねぇ、誰も泊まりたがらないだろ。で、この人には優しくして貰えたのかい?」

 

 完全に誤解している上、セクハラ全開である。

 

「そ、そのボク……眠くて、あまり覚えてなく……あ、お、お師匠様ならきっと優し」

 

「ちょっ、シャルロット?! いや、そうじゃないだろ!」

 

 しかも質問を向ける相手が純粋なシャルロットというところが凶悪すぎた。顔を真っ赤にし、混乱したシャルロットはオバハンの誤解を解くどころか、逆にとんでもないことを口走り。

 

「だから、誤解だと言っている。この血は――」

 

 それから洗濯係のオバハンの誤解を解く為、俺は必死に弁解を続けた。

 

「あ、あの……スー様?」

 

「ん? あ」

 

 帰ってきたハルナさんがやって来たことにも、声をかけられるまで気づかぬ程に。

 

 

 




平穏無事に誤解が解けて終わりと……思っていたのか?(デデーン)

次回、第四百四十一話「出でよ神ろ……あ、間違えた」

オーブ、ようやく揃ったようです。


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