「ただいまぁ。お母さん、お師匠様と……お知り合い連れてきたよ」
女戦士とシャルロットは、あまり面識がない。故にそう言う言葉選びになったのだろう。
「邪魔するよ」
「お邪魔する」
「まあ、いつもシャルロットがお世話になっております」
女戦士と共に勇者の家の戸口をくぐった俺は、ダイニングの向こう、台所からやって来たシャルロットの母親から頭を下げられ、すぐさま頭を振るとこちらも頭を下げた。
「いえ、お宅のお嬢さんをお預かりしておきながら挨拶が遅れ申し訳ない」
謝罪は早い方が良い。
「そんな、先日はシャルロットが危ないところを助けて下さったそうではないですか」
「そ、そうですよ。ボク、お師匠様が居なかったらどうなってたか……」
「それとこれとは――」
話が別だ。
(だいたい、思い返せば結構とんでもないことやってるしなぁ)
母親の前で言うのは憚られたが、しあわせのくつの効果をぼかしつつ勇者達を鍛える為とはいえ、
バニーさんを嗾けてセクハラ鬼ごっこをさせたのは他の誰でもなく俺である。
(ましてや、そのせいで妙な影響与えちゃったみたいだし)
ある意味で腐った少女が仲間に加わって妄想の具にされたが、思い返せばあれも俺の自業自得だ。
(何だかんだで俺ってとんでもなく外道なのでは)
過去の己を振り返れば振り返るほどいたたまれなくなってくる。
(何かかわりの修行法でも思いつくと良いのだけど)
走るのと同時に敵の攻撃から身をかわす訓練を兼ねた修行のかわりとなると、かなり難しい。
(そんなに簡単閃いたら苦労は無いよな)
胸中で呟きつつ、あの『修行』風景を思い起こす。
(そう、確か追っかけっこの最中に出てきた魔物を、俺が蹴……ん?)
簡単に新しい修行内容なんて見つかるはずがなかった。無かったはずなのだ。
(あれ、俺って自分自身が既にやってたことにも気づいていなかったのか)
愕然とした。
「何故、気づかなかった……」
「お師匠……様?」
思わず口から漏れていた独り言にシャルロットが訝しげな顔で声をかけてこなければ、俺はもう少しの間茫然自失の態で居たことだろう。
「シャルロット、一つ思いついたことがある。こういう遊びを知っているか?」
「え?」
小学生の頃、祖父に買って貰ったボールで近所の子と遊んだことを思い出す。
(人数も足りなけりゃ、家一軒建つかぐらいの狭い空き地がフィールドだったし、ただの玉蹴り遊びだったよな、あれは)
そう、サッカー。水色生き物をさんざん蹴っていたと言うのに、何故思いつかなかったのか。
(ボールを追いかければ必然的に他も走ることになるし)
アメフトよろしくタックルもありとか、追加ルールを設ければ攻撃を避ける訓練としての面だって兼ね備えられるだろう。
(問題があるとすれば靴が二足しか無いことだよな、けど)
セクハラ鬼ごっこよりよっぽど健全である。
「とまぁ、本来は遊びだが足腰を鍛えるトレーニングに使えないか、とな」
土産話をするつもりがとんだ脱線だが、悪くはないと思う。
「なかなか面白そうじゃないのさ。後で試しにやってみるかい?」
女戦士の反応も上々で。
「あ、お師匠様……ボク、この間お師匠様がやってた、あれ、オーバーヘッドって言うのやってみたい……かなぁって」
「ふむ、やるのは良いが頭を打たんようにな」
思いがけないリクエストに俺は面を食らいつつも、起きうる事故を考えて釘を刺す。
(僧侶がいれば回復呪文はあるけど、出来ればアクシデントはない方がいいもんな)
ただの好奇心からの挑戦で怪我をしたら目も当てられない。
「さて、修行の話はこれぐらいにしてそろそろ本題に移ろう。話の順番は土産話が後で良いな?」
「あ、だったら二階に……お母さんが聞いてもわかんないと思うけど、知ってる人は少ない方が良さそうだし」
「そうだな、では俺達はこれで」
シャルロットの提案に乗る形で勇者の母親に頭を下げた俺は、踵を返すと脇を通り抜けた勇者を追って二階へ上がる。
(ここに来るのは二回目か)
二階に二階目とかギャグで思った訳ではない。
「き、汚いところでつけど」
何故か緊張しつつ、ベッドのシーツをならして座る場所を確保するシャルロットを眺めつつ、俺は壁に寄りかかった。
「俺はここで良い」
「そ、そんな」
「話をするなら向かい合った方がやりやすいからな。女性を差し置いて座るのは問題だと言うのもあるが」
「う、うぅ」
冗談めかしつつ、シャルロットの反論を封じ込めると、顔を女戦士へと向ける。
「さて、あの後俺達はポルトガと言う国に向かった。ナジミの塔で色々あったからな。お忍びの休暇という形で――」
始めた説明は誰も幸せにならなかった勘違いや勇者の黒歴史を省いた休暇のことが半分、残り半分はあの晩シャルロット達に語ったモノと大差ない。
「計画の狙いはだいたい、そんな所だ。さて、待たせたなシャルロット」
問題は、この後、土産話の方だ。
「ポルトガを出た俺がまず向かったのはロマリアの関所だ。ここを抜けて東に進み南下するとロマリアに到達する訳だが、俺はここで妙な男に出会った」
優秀な嘘とは真実を混ぜ込んだモノだとか何処かで聞いた気がする。一応ロマリアの関所に行ったのは事実だし、兵士と会話してアリバイも作った。
「妙な男?」
何処までシャルロット達を騙せるかはわからないが、切り出した以上後には退けない。
「ああ。覆面マント姿で着ているものは他に下着だけの男で、自分のことを『謎の人』とか名乗っていた」
「えっ、お師匠様……その人って」
「知っているのか、シャルロット?」
出来る限り自然に、驚きを浮かべることが出来たと思う。
「うん、戻ってきたお師匠様に会う前にアリアハンの入り口で出会った人かもしれない」
「そうか。そのマシュ・ガイアーと言う男は解錠呪文アバカムの使い手でな」
魔法の鍵が無くては開けられない関所の扉だけでなく旅の扉に続く鉄格子まで易々と開け放っていたと俺は語った。
「その男によるとロマリアの関所にある旅の扉を使えば、出た先の旅の扉を経由する必要があるものの、サマンオサやバハラタという所にまで行けるらしい」
「へぇ、格好は変態みたいだけど随分詳しいじゃないのさ」
「あ、ああ。そうだな」
痴女に変態扱いされたが俺は泣いていない。何故ならあれは世を忍ぶ仮の姿だからだッ。
「生憎と俺はロマリアに行くという理由で関所に足を運んだからな、同行はしなかったが、その時ロマリアから遙か南東にアッサラームと言う街があると聞き、俺はここを目指すことにした」
マシュ・ガイアーに変装してしまった俺の痕跡は関所の外でパッタリ途切れている。ロマリアや他の場所にたどり着いたことにすると目撃者が居ない矛盾やキメラの翼で飛べないという矛盾が出てしまう。
「魔物自体は何とかなったのだがな、このままだと何日かかるかわからん」
そこで思いついた苦肉の策が、目的地が遠すぎてたどり着けなかったというもの。少々情けない結果だが、そこは一人旅の過程で旅の商人と出会って聞いたということにした原作知識で誤魔化す。
「その上、バハラタから北東に進んだ先にダーマ神殿があると聞いてはな」
「は? ダーマ神殿ってアンタがさっき言ってたやつじゃないのさ」
「その通りだ。そしてそのバハラタに向かうには旅の扉を経由しない場合、とある抜け道を通るしかないらしい」
ただし、この抜け道は一人のボビットが管理しており、このボビットを説得出来ねば通行出来無いとも俺は語る。
「ついでに言うならそのボビットはポルトガの国王と仲が良いらしい」
「なんだいそりゃ」
「話を聞いて一旦ポルトガに戻る必要を感じた俺は、それならばと経過報告を兼ねて戻ってきた訳だ」
そこまで語り終え、更に爆弾を一つ投下する。
「まさか帰ってきたこのアリアハンであの男と再会するとは思わなかったがな」
「っ、じゃあお師匠様はボク達が見た人をあの後で――」
サマンオサに勇者を連れて行くならば、ここから先は布石だ。シャルロットの言葉に首肯で応じた俺は、再び口を開いた。
「ああ、そこで条件によってはバハラタまでなら連れて行っても良いとも言われた」
わざわざ条件によってはとしたのは、まだサイモンとの話がまだだからだ。
「俺が酒場でしていた考え事は概ねその件についてだ。条件をのむかであり、連れて行って貰うかという意味でもある」
「成る程ねぇ、で、その条件ってのは何だい?」
嘘に納得がいったようで尋ねてくる女戦士を見つめたまま、俺は頭を振った。
「まだ明かせん。先にしておかねばならんこともあるからな」
嘘と原作知識にいくばくかの真実で練り上げた土産話を残し、主人公は一人教会へ向かう。
残る問題は解決を見るのか、未だ解らぬままに。
次回、第四十二話「勇者は言う」
勇者とは、勇気ある者。ならば、かの人は――。