強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百四十三話「船旅って言うけど向かう先は極寒なんですよね。はー、テンション下がるわぁ」

「これで数日は洋上生活だな」

 

 暫く陸地に沿う形で進んでいた船が進路を変え、陸地が遠ざかって行く。

 

「……そうですね」

 

 ポツリと応じたシャルロットは俺の腕を抱きつつ、肩に頬で触れる。

 

(なに、これ?)

 

 ちょっと くっつきすぎ じゃない ですかね しゃるろっとさん。

 

(そう言うことは将来の旦那様とすべきで、いくら父親代わり兼師匠だからってちょっと問だ……あ)

 

 若干パニックになりかけて、ふと思い至る。

 

(そっか、これから向かう先って――)

 

 雪、もしくは凍土に覆われた極寒の地。つまり、どんどん寒い方へと向かっているのだ。

 

(そっか。よくよく考えてみたら、シャルロットとはオルテガの兜があった町とか、ノアニールとか、雪が見られそうな程寒いところは殆ど行ってないんだ)

 

 実は寒がりだったとしたなら、シャルロットの行動も不思議はない。

 

「まったく……」

 

 苦笑すると俺は羽織っていたやみのころもを自由になっている方の手だけで脱ぎ、シャルロットに被せてから抱き寄せる。

 

「お、お師しょ」

 

「寒いなら早く言え、大切な身体だろうに」

 

 前のように風邪をひいて寝込まれる訳にはいかない。それに、船の上という陸と比べれば狭い居住空間に大勢の人間が生活している今、シャルロットをきっかけに風邪が流行したらラーミアの復活どころか、真っ白な陸地を見ることが叶うかすら怪しくなるのだ。

 

「これから、どんどん寒くなる。ここで風邪をひいてしまったらそれはお前だけの問題でもなくなると言うことはわかるな?」

 

「あ……そ、それって」

 

「ああ。間に合わせに俺の着ていたこれをかけたが、せめて上に何か着なければ身体にさわろう。一旦船室に行くぞ?」

 

 説明すれば、どうやらシャルロットも理解したらしい。解ったならそれで良いという意味も含めて頷きを返すと、俺はシャルロットに問いかけ。

 

「そ、そうですね。すみませんお師匠様。ボクだけの問題じゃないのに……」

 

「謝罪には及ばん、言い出しにくかった理由も解るからな」

 

 項垂れる弟子の頭にポンと手を置くと、ミミックは船員にシャルロットのお友達だと紹介した上で甲板に置いてきた。

 

(とりあえずこれで、風邪はひかずにすむよね。ちょっと師匠っぽいところも見せられたし、ランシールの挽回、出来てるといいなぁ)

 

 胸中の呟きが希望に留まってしまう理由は、シャルロットの顔が近いから。

 

(とりあえず、まだ鎧着ててくれて良かったと思うべきか、鎧だから寒いんじゃとツッコむべきか。けど、鎧脱がれた上で密着してきたらご褒美地獄だし)

 

 せめて自分の身体だったら、と一瞬思ってから頭を振る。

 

(駄目だ駄目だ。ただでさえランシールで誤解されかけたのに何を考えてるんだよ)

 

 しかもこの船には何人もの船員が居るし、シャルロットに至ってはすぐ隣にいるのだ。

 

(まだポーカーフェイスは維持出来てると思うけど、変な顔してるところとか見られでもしたら……)

 

 誤解の種になることだって充分に考えられた。

 

(平常心、平常心だ。心を波紋一つ無い水面の如く)

 

 腕が感じるシャルロットの手の感触を忘れよう。ほっぺたに時々当たるツンツンした髪の感触も同様に。

 

(静かな水面、静かな水面……水)

 

 イメージするのは澄み切った水。しわぶき一つ無く、静まりかえった水面。

 

(出来る、やれば出来るじゃないか、俺)

 

 脳裏に広がるイメージに自賛しつつ、尚も「水、水」と念じ。

 

(水、水……水着、危ない水――)

 

 想像の水面に圧倒的な肌色と僅かな赤が混ざった。

 

「お、お師匠様……似合いますか?」

 

 頬を染めたシャルロットが素足を水に浸しながら、際どい水着に包んだ自分の身体を抱いていて。

 

(ちょっ、シャルロッ……は)

 

 思わず声を上げかけて気づく、それが想像の産物だった。

 

(だぁぁぁ、どれだけ欲求不満なんだよ!)

 

 我が事ながら、これだけシャルロットと密着してるのだから気持ちはわかる。

 

(解るって、ぎゃぁぁぁ忘れてた感触がぁぁぁ)

 

 叶うものならシャルロットの側から離れて全力疾走し、海に飛び込んで頭を冷やしたいぐらいだったが、そうもいかない。

 

「お師匠様? どうしました?」

 

「いや、何でもない。ただ、少し考え事をな」

 

 同様の何割かが漏れていたのか向けられた問いに答えると、そうですかと漏らし、こてんと俺に持たれてくる弟子の様子に何とか誤魔化せたと密かに胸をなで下ろす。

 

(はぁ、人によっては贅沢な悩みって言うんだろうけれど)

 

 なまごろしって ほんとう に きつい と おもうんだ。

 

「お師匠様ぁ」

 

 そして、次の日。

 

「今日はもっと冷えるそうですよ。ですから、毛布貰ってきました」

 

 だが、俺は失念していたらしい。目的地に近づく程に寒くなること、そしてシャルロットへ言外に許可を出してしまったことに。

 

「もっと密着してもいいのよ」

 

 と。

 

「きょ、今日も……一緒に寝て良いですよね?」

 

 輝かんばかりの笑顔で毛布を持ってきた時もそうだが、上目遣いでの質問なんて卑怯すぎる。ましてや、風邪ひくと拙いからとこっちから行動を起こした手前、NOとも言えず。

 

(目的地、早く、ついてくれ……)

 

 目の下に隈を作り毛布にくるまれながら俺は祈り続けた。

 




・本話終了後に付け加えようか迷った没文
 そして祈り始めてから数日後、船員の声を俺は聞く。
「陸地が見えたぞ」
 奇しくも口元を押さえてシャルロットがトイレに駆け込んだ日の朝だった。

 寒さに弱っていて船酔いしちゃったという展開ですが、ゲロインにはしたくないので没に。

次回、第四百四十四話「ままとぱぱ」

縁起の悪そうなゾロ目きたー。

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