強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百五十話「伝説の不死鳥、そして空」

 

「よし」

 

 しっかりとミミックを縛り付けているロープを握り前を見る。念のためシャルロットと俺をくくりつけているロープの先をラーミアに巻かれたこのロープに結んで命綱にもしてある。

 

(何かに乗って空を飛ぶのは初めてじゃないけど、海を騎乗して渡るのは初めてなんだよなぁ)

 

 以前乗せてくれた水色東洋ドラゴンには悪いが、あの飛翔速度ではまず長距離の渡海は無理だった。船よりは速かったかも知れないがそれでも海を渡るのに一日以上かかる。

 

(結局、シャルロットがほこらに戻ったのと同じ理由で断念せざるを得なかった訳だけど)

 

 逆に言うなら、伝説の不死鳥はスノードラゴンで一日以上かかる距離を半日で飛んでしまうと言うことでもあるのだ。

 

(なら、かなりの速度になるはず)

 

 例えば、飛行機の外にへばりついて空を飛ぶようなモノだろうか。

 

(やり過ぎと言われそうなぐらいの準備をして丁度良いよね。特に落下防止措置と呼吸の問題だけはちゃんとしておかないといけないし)

 

 ついでにシャルロットにも緊急時にどうすべきかを伝えておいた。

 

「俺が言ったこと、覚えているな?」

 

「はい。『宙づりになり、かえって危険な状態になった時は、ルーラの詠唱をしつつロープを切って脱出しろ』ですね?」

 

「あぁ、あの距離を半日となると、こうして口元を保護しないと呼吸もままならない速さになる筈だ。当然、振り落とされる可能性も出てくる。キメラの翼とお前のルーラが有れば最悪の事態は防げるはずだが、あくまでそれも緊急時の手順を決めてしっかり頭に入れてあればの話だからな」

 

 原作ではそんなこと無かったからと油断して足下を掬われる訳にはいかない。

 

「まぁ、覚えているなら良い。そろそろ出発だ、心の準備をしておけ」

 

 身体にかかるGと風圧は相当なモノになる筈、そう思い返してみるとシャルロットが俺の後ろにいるのは正解だったかも知れない。

 

(戦士のいない勇者一行じゃ俺が居なかった場合、普通に考えるとシャルロットが一番前だもんなぁ)

 

 もちろん俺もラーミアに乗って飛ぶのは初めてだが、初めてで一番前はきついと思う、それが女の子なら尚更だ。

 

(ひょっとして、この展開、その辺りまでラーミアが計算に入れてた……とか)

 

 だとしたら、あのテレパシーもどきは言わば内緒話なのだから先に言ってくれれば、良かったのに。

 

(準備は出来たようですね、では行きますよ?)

 

 そんな俺を我に返らせたのは、ラーミア当鳥からの連絡。

 

「ああ」

 

「はい」

 

 俺達が返事を返し、くくりつけられたミミックは蓋が開かないからか無言でただ身体を揺すり。

 

「フォォォゥ」

 

 一鳴きしたラーミアが空へと舞い上がる。

 

「あっ」

 

「ん?」

 

「お師匠様、ほこらの一番上」

 

 すぐ後ろで聞こえた声に訝しんで声を上げると、シャルロットがほこらの方を指さし。

 

「ほぅ」

 

 既にかなり小さくなってしまっているものの、そこには確かにエルフが二人こちらを見ているのに気づいて、俺は苦笑する。

 

(あの二人、まだやってたんかい)

 

 手に持っていたのは、まず間違いなく、渡した羊皮紙だ。

 

「ありがとう、ございましたぁぁ」

 

 すぐ後ろではシャルロットが二人に手を振り、俺は身体を竦める。

 

「シャルロット、叫ぶ時は俺の耳に耳栓をしてからにしてくれ」

 

 危うく手を放して耳を塞ぐところだった。

 

「……すみ……ん」

 

 何を言ってるか良く聞こえないが、多分謝っているのだとは思う。

 

(鼓膜へのダメージなら、ホイミで直るかな)

 

 思いつきはしたものの、シャルロットの前で呪文を使う訳にも行かず。少し悩んでから、シャルロットへ頼むことにする。

 

「シャルロット、ホイミを頼めるか。ものは試しだ」

 

 承諾したかどうかは解らない。ただ、即座に耳が温かくなったので、おそらくは聞き届けて貰えたのだろう。

 

「……匠……うですか? 聞こえますか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 聴覚ダメージもダメージの一つと言うことか。

 

(じゃあ視覚的なダメージはどうなんだろう? 眩しい光で目が眩むとかはマヌーサと同じような状態異常に分類されると思ったけど)

 

 もっともこの原作には眩しい光が状態異常攻撃として存在したかについては微妙なのだけれど。

 

(うーん、うろ覚えだからなぁ)

 

 頭の何処かでそんな考察をしつつも、手はしっかりロープを握る。想像通り、ラーミアの上は風もGもきつかった。この高スペックな身体でなければ考え事をする余裕など生まれなかっただろうし、シャルロットも先頭だったらほこらの守人達に気づいて手を振る余裕など無かったんじゃないだろうか。

 

「しかし、防寒着で厚着したのは正解だったな」

 

 ただでさえ痛い外気が上昇した上に高速で飛んでいるため、まるで氷系のブレスでも吹きかけられているかのようなのだ。ダメージと感じる程ではないが。

 

「そうですね。あと、お師匠様が一緒なのもあると思いまつけど」

 

「ああ、それもあるか」

 

 首元に吐息が当たる状況は続いているが、それが暖かくもあるのは事実だし、密着していれば外気の影響を受けづらくなるため、暖かい。

 

(鎧付けてるから胸も気にならないし)

 

 ただ、鎧を含む重量がロープを掴む俺の腕に負荷をかける事にはなっているものの、こんな格好で飛ぶのはおそらく今回だけだ。シャルロットと俺が別行動をとれるようににでっち上げられた乗鳥拒否が原因なのだから。

 

(うん、だよね。今回だけだよね?)

 

 一瞬、でしたら寒い場所の上空を飛ぶ時は次からもこうしましょうとか提案するシャルロットの顔が浮かんでしまったのは、きっと俺の気の迷いが生み出した嫌な想像に違いない。

 

「お師匠様……でしたら、寒いところの上空を飛ぶ時、またこうしてくっついて乗りますか?」

 

 って、いってるそばから なに いってるんですか しゃるろっとさん。

 

「却下だ」

 

 少し沈黙してから告げた俺は、続いて説明する。

 

「今回は二人だが、この後他の者とも合流する。そうなってくると、問題が発生するからな」

 

 魔法使いのお姉さんは良い、元僧侶のオッサンといちゃつくだけだから。だが、元バニーさんをどうするのかという問題が生じてしまう。

 

「俺をご主人様と呼ぶくらいだ、表向きは嫌がらんとは思うが無理強いは出来んし、嫌で無かったとしても、自分を含めて三人分の体重と装備の重さを支えきれるかと言われると疑問が残る」

 

 ついでに賢者の装備というと鎧と言うよりはローブのイメージだ。

 

(うん、しゃるろっと より むね が おおきい のに よろいなし の おんなのこ と みっちゃくとか)

 

 気が散らずにすむ自信がない。イシスでクシナタ隊のお姉さん達と牢屋にぶち込まれた時とは違うのだ。

 

(あの時は耐えるだけだったけど、こっちはラーミアから落ちないようにずっとロープを掴んでなきゃいけないし)

 

 風と寒さとGさえ除けば素晴らしい景色だというのに、何故こんな事を考えてるのだろうか、俺は。府と我に返ってもの悲しさを覚えてしまった俺を乗せたまま、ラーミアは空を飛ぶ、テドンに向かって。

 

 




空の旅って大変ですねぇ。

次回、第四百五十一話「そう言えば、テドンに立ち寄ったことは無かったよね、俺」

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