強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百五十二話「人影の正体は」

 

「お師匠様、ええと、お気を付けて……」

 

「ああ」

 

 シャルロットの声と視線に若干苦笑気味の笑みで応じた俺は歩き出す。

 

「ふぅ……」

 

 ついて行っては駄目ですかと問われていれば迷ったかも知れない。だが、まだ空の旅は続く。ロープをチェックすることの重要さはシャルロットも理解していたのだろう。

 

(まぁ、こっちとしても原作にない展開だからなぁ、想定外の展開にシャルロットを守りつつ対処出来るかって問題もあるし)

 

 たまたま立ち寄った旅人なら良いが、昼は無人なのを良いことに山賊の類が根城にしていたとしたらそのまま素通り出来るだろうか。

 

(シャルロットの性格を考えるとまずないな。ついでに山賊って言うと「金と女は置いてけ、ヒャッハー」ってイメージがあるしなぁ)

 

 山賊だったら、女連れである俺達をスルーするとは思えない。

 

(まぁ、その場合戦いは避けられないけど……決めつけて動くのも拙いよね)

 

 山賊っぽい格好だったけど、倒して死体を調べてみたら近くに町とか無いせいでくたびれただけのたたの旅人でしたなんて結果が待っていたら笑えない。

 

(様子見は必須。なるだけ相手に気取られないように近づかないと。見つかった場合の事も考えると補助呪文もかけておくべきかな)

 

 守備力アップのスカラ、姿を消すレムオル、最後に呪文反射のマホカンタ。これだけ備えておけば、相手をマヒさせる焼け付く息を吐く魔物が影の正体でも無い限り対処出来る。

 

(例外は、マヒ毒や即死毒を塗った武器で襲われた場合だけど、アサシンダガーは非売品だし)

 

 警戒すべきは毒針を所持している場合だが、先手を取られるつもりは毛頭無い。俺はいかにも前方に何かが居るので回り込もうとしてますよと言った態で物陰に身を隠し。

 

「ふ、何が居ようともこちらが気取られねば無意味だ、レムオル」

 

 まず姿を透明にし、継いでスカラの呪文を唱える。

 

「仕上げた、マホカンタっ」

 

 これで準備は調った。物陰に潜んでいるので呪文を使ったところは、シャルロットからも見えていないだろう。

 

(唱えてから「消え去りそう使えば堂々と姿を消せたんじゃね?」って思ったけどね)

 

 まぁ、そこはご愛敬だ。

 

(とにかく、今は情報を集めないと)

 

 目撃した人影は一つ、一人分だけだったが他に何人居てもおかしくない。

 

(と、考えた先から、これか)

 

 周囲を見回すと、崩れかけた民家の壁にもたれかかるように座り込む人影があり。

 

「うっ」

 

 よく見たのは失敗だった。座り込んでいたのは、確かに人であった。ただし、元がつく。

 

(だよな、ごく当然のこと忘れてた)

 

 ここは夜になると死者が動き出し生前の営みを送る、滅んだ村。ならば、昼間はどうなっているか。

 

(原作だと棺桶とかベッドに死者は横たわっていたけど)

 

 そもそも、原作でも棺桶やベッドに横たわっていた死体の数に夜間見られる村人の数は足りていなかった。単純な計算で何処かにうち捨てられたり野ざらしにされた死体が存在しないと数が合わない。

 

(相当な数の遺体がこの廃村の中にあるってことか……)

 

 ほこらの牢獄でいくつもの屍を見たものの、あの時とは違う。どこに亡骸が転がっているか解らないと言う状況は精神的にきついモノがある。

 

(気が付いたら死体踏んでたとか、ごく普通にありそうだし)

 

 足下の感触が変わったと下を向き、自分が死体を踏んだ為だと気づいた時、俺は悲鳴をあげるのをこらえられるだろうか。

 

(何というか、俺、無神経すぎたな。こんな所で休憩しようとか)

 

 いろいろな意味で甘く見ていた。村が滅ぼされるというのがどういう事なのかも。

 

(死体が残ったままだと流石に死者達も自分達が死んでるって疑いを持つだろうから、夜に動き出す死体は多分ああやって放置されてるモノを含まれるだろうし……これ、蘇生を試みるなら全員を半日でやらなきゃ行けないのか)

 

 思わず顔をひきつらせつつも、周囲を見回すと、それだけで三人分の骸が確認出来た。

 

「っ」

 

 そして内一つに向けて近寄ってくる人影が、一つ。

 

「ちょっ」

 

 全容が確認出来るところまで来て、俺は思わず声を漏らした。

 

「……ザオリク。あらあら、やっぱり駄目ねぇ」

 

 しゃがみ込んで蘇生呪文をかける紫ローブの女性には壮絶に見覚えがあったから。

 

(なに やってるんですか、おばちゃん)

 

 ほこら の ろうごく で わかれた あーくまーじ の おばちゃん が なぜか てどん で そせいじゅもん を ためしていた。

 

(うん、いや、動機は何となくわかるけどさ)

 

 おばちゃんことアンはかって失った夫の蘇生を願っていた女アークマージ。俺の普通じゃない蘇生呪文に興味を抱き、詳しい話をしたところ俺の呪文で夫を蘇らせることが出来ないと判明し、ショックを受けていた筈なのだが。

 

(それでも俺の蘇生方法と同じ事が出来るようになれば糸口でも掴めるんじゃないかと思い直した、だいたいそんなところだろうなぁ)

 

 もしくは夜になると死者の動き出すこの村のことを何処かで聞き、興味を抱いたか。

 

(どうやってここまで来たかは問い詰めたいところだけど、元々大魔王側に与してたおばちゃんだし「空を飛べる魔物の知り合いに乗せて貰ったのよ」とか普通に言いそうだもんなぁ)

 

 しかし、探していた相手が向こうから現れてくれたのはラッキーだった。

 

(おばちゃんの子供がこっちの世界に来てるって聞いてからアークマージに遭遇したことは無かったけど)

 

 目的地の一つはイシスだ。おばちゃんの子供からすれば、おばちゃんが消息を絶った場所から一番近くにある人間の国となる。

 

(おばちゃんを探して潜入してるとすれば、一緒にイシスに辿り着けば向こうから接触してくるかも知れないし)

 

 おばちゃんの失踪をイシスの人間がミイラを操ってやらせたことに違いない、許すまじとか思って敵対していた場合もおばちゃんが一緒なら説得で戦闘を回避出来るかもしれない。

 

(まぁ、その前におばちゃんに確認しないと行けない訳だけど)

 

 子供がこっちの世界に来ていることを知っているかどうかを。

 

(ともあれ、レムオルの効果が切れるまではとりあえずこのまま様子を見るかな)

 

 別にローブの上からでも解るおばちゃんのプロポーションを堪能したいとかそう言う訳じゃない。姿を消したまま話しかけるのは、礼儀に反すると思った、ただそれだけのことだった。

 

 




と言う訳で、人影の正体は未亡人アークマージのおばちゃんでした。

当たった人は居たかな?

次回、第四百五十三話「とりあえずイシスへ」

おばちゃんの子供は果たしてイシスにいるのか? マリクはドラゴンになれるようになったのか?

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